ページが見つかりませんでした – Just another WordPress site https://www.logi-terminal.com Just another WordPress site Thu, 28 Mar 2024 18:00:39 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.25 びんつけ油とサクラサク https://www.logi-terminal.com/yomoyama/digression/hairdressing-oil-and-cherry-blossoms/ https://www.logi-terminal.com/yomoyama/digression/hairdressing-oil-and-cherry-blossoms/#respond Thu, 28 Mar 2024 18:00:39 +0000 https://www.logi-terminal.com/?p=23456 大相撲三月場所が終わった。千秋楽の結果が気になったのは久々だった。

お相撲さんがびんつけ油の香りを漂わせて難波の街を歩き始めたらいよいよ春の訪れ。
そして府立体育館周辺の賑わいが終わりを迎える頃には桜が咲いて、新年度が始まる。
今年の桜は遅いようだが、そんな年は爛漫までの日数が短いらしい。
咲き始めたらお花見はお早めに、と天気予報で言っていた。

花見に限らず企業内での催しものは下火となりつつある。
社員旅行や新年会・忘年会・休日の各種イベント、、、自由参加が正とされ、企業によっては会社事とすること自体が×なのだとか、、、古式ゆかしい大企業ほどその傾向が強い。
コンプライアンス乞食とでも言えばよいのだろうか。関与先のエライ方々とはこんなハナシばかりしているが、あんまり書くと叱られそうなので止めておく。
勢いに任せてひとたび書き始めると、前時代的かつ反現代社会的発言を連発しそうなので控えるが、風物や慣習は年長者からの誘いや全体行事的強制あってこそ存えるという側面は否めないのになぁ。とボソボソ愚痴るワタクシである。

桜の季節に企業の花見軍団が繰り出してこない。
新人の場所取りも今は昔。
昼間から酔っぱらって「今日は無礼講じゃぁ~」と部長が宣言したはずなのに、コメ粒ほどの無礼であっても絶対におぼえている上司たち。
幸か不幸か職場の花見や社員旅行や各種宴会の経験がほとんどないに等しいワタクシには、羨ましいやら御免被りたいやら滑稽でちょっともの悲しい光景に思えたり。

読者諸氏の職場ではいかがだろうか。
やはり昨今の時流に逆らわず、大人数でのいわば〝公式開催〟は控えて、小グループでの有志会合的宴会が主流なのだろうか。(ワタクシの周辺はその傾向が強いのです)
年に数度ぐらいなら、皆で集まってワイワイガヤガヤ、、、もよいのでは?と思うワタクシは、もはや時代錯誤組に属しているのかもしれない。
「桜だョ!全員集合」と号令したら、「だめだこりゃ」や「次いってみよー」と呆れられるのだろうか。だとしたらなんだか悲しいなぁ。長さんも草葉の陰で泣いていそうだ。

「オイーッス!」の掛け声で始まる花見宴会。
も、ちょっと無理がありそうだなぁ。ドリフを知らん若者たちには「?」でしかないか。
国内有数の桜の名所で、宴会開始直後から爛漫の桜なんかほとんど見もせずにひたすら酒を呑んで、ぐでんぐでんに酔っぱらって、前後左右に揺れながら大声で部下に説教し始めたかと思えば、ハナシの途中で頻繁にトイレを往復し、そのうちいよいよ酩酊して、前後不覚となってからも桜の幹に小言を言い続けて、、、やがて幸せそうに眠る。
今の世間ではそんなオジサンを許してやる余裕はなくなってしまったのだろうか。
ちなみにオジサンとは違うタイプの酒癖悪いオバサンやオネーサンもたくさんいたのだが。

「ホントにたまらんぜぇ、酔っぱらいのオッサンとオバハンとケバイ先輩OLの皆様」という友人の愚痴がうらやましくもあり、怖いもの見たさで参加してみたいと思った若き日。
今となっては言っても詮無いが、誘われるままに一度でも参加しておけばよかった。

桜爛漫を下から眺めるのがコワイ私の振り返りハナシでした。

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トラックドライバーとの会話 https://www.logi-terminal.com/yomoyama/actual/a-candid-story-of-a-truck-driver/ https://www.logi-terminal.com/yomoyama/actual/a-candid-story-of-a-truck-driver/#respond Thu, 21 Mar 2024 18:00:00 +0000 https://www.logi-terminal.com/?p=23381 つい先日、関与先の現場で準大手運送会社の庸車ドライバーと話す機会があった。
10日後から実施されるトラック運転手の改正改善基準告示の適用直前なので、
「運送の最前線では、どのような具体的対処が元請並びに庸車にまで施されているのか」
を、荷下ろしを終えて一息ついているドライバー氏に尋ねてみたのだった。

守秘と回答者の立場を考慮して、言い回し等には多少の修正や装飾を施してある。
その旨ご了承願う。

肌寒い風が吹く中、小一時間の荷下ろしを終えた庸車ドライバー氏にねぎらいの言葉をかけつつ休憩所に誘い、荷主社員の方とともに来月に向けての働きかたの変化を問うてみた。
彼の回答は予想通りというか呆れてしまうというか、、、に終始していた。
もちろんあくまでそのドライバ―個人の実感や実状であり、荷主が依頼している元請事業者の詳らかで過不足ない内実にまで及ぶものではないだろう。
しかしながら、少なくとも視えてくる現実や変わろうとすらしない体質の赤裸々なハナシが居並んでいたことは疑いようなくあきらかだった。時間にして20分ほどだったにもかかわらず、差し入れの飲み物とお菓子では申し訳ないほどの中身となった。

同席した荷主の責任者と社員の両氏が憤慨していたのは、庸車の請負金額は「来月からほんのちょっとだけでも上がればいいなぁ」で、状況は依然として過酷なままだという事実だ。
というのも面前のドライバー氏に仕事を出している元請運送会社から昨秋大幅な値上げ申請があり、本年1月から新料金が適用されている――にもかかわらずだったからだ。
ハナシを聴いた当日にしても、荷主拠点に絡めて他社2か所の2000㎞超を二日間でまわり、その間5時間ほどの車中仮眠と30分足らずのトイレ・食事休憩が5回。それ以外は「ひたすらに下道を走っていましたし、この後の帰路も同じです」とのことだった。

荷主は割引なしの高速代金が記された見積をすべて認めたうえで代金を支払っているので、ドライバー氏の説明にはかなり気色ばんで怒声まじりになっていた。
彼のハナシでは「元請会社のドライバーも似たような状況だと聞いているし、他の庸車は言うまでもない。車によってはもっと苛酷な条件であることも珍しくはない」とのこと。
ちなみにトラックターミナルや高速のPA、幹線道路の大型車両が駐車できる道の駅や食堂で会話する同業者も一部荷主の直請負を除いては似たり寄ったりだという。
「3月のこの時期になっても、4月以降の請負代金について、元請からの正式な変更連絡はない」というのが庸車ドライバー氏の苦笑まじりのコメントだった。

同席していた荷主責任者氏とワタクシが同じように感じ、交互順番に彼に問うたのは、
「顔色が悪いが、大丈夫なのか」
「仮眠するなら和室休憩室に布団を敷くので、少し横になればどうか」
「せめて高速道路を利用すべきだ」
のような内容だったが、彼の返答は以下のとおりだった。

「高速道路の利用は自分の判断に委ねられており、燃料同様に請負代金の中から費用をねん出する。そうすると手もとにはわずかしか残らなくなってしまうので倹約している」

「顔色が悪いのは自覚しているが、もう何年もこんな感じで走っているので仕方ないと諦めている。ご厚意はとてもありがたいが、長い休憩をとると予定が消化できなくなる」

「くれぐれも元請にクレーム入れるのはご容赦願う。たしかに条件は厳しいが、ずいぶん世話にもなってきた。元請自体もギリギリの経営なのは肌で感じている」

「できれば今年中、遅くても来春までには大型を降りて軽貨物に転向しようと思っている。このまま続けるのは体力的にも無理があるし、経済的にも希望が持てない」

次へと向かうドライバー氏を見送り、荷主責任者と顔を見合わせながら出た言葉は奇しくも「うーん、、、」という同じような低い唸り声だった。
責任者氏は自責の念を拭えぬようで、言葉の端々に「我われが今まで当たり前に値切ったりアイミツ取ったりしてきたことが、彼のようなドライバーを…」という後味が居残っていた。
エッセンシャルワークという社会インフラの根幹を支える仕事の本質は自己犠牲と同義ではないはずなのに、結果的にそう追い込んでしまっているのは消費者の集合たる社会。
廉価サービスや低価格品を求めて止まぬ消費者の深層心理や可処分所得が減じてゆくばかりの家計状況は、国の構造的な仕組が生み出した不可抗力ともいえる現実なのだろう。

荷主や請負側の運送事業者に即時即効性が期待できるのは、正論たる「価格転嫁」の推進や実施監視ではないと考えている。下請法違反状態の是正強化ならば、イロハのイは公正取引員会の出番となるはずだが、直訴や調査協力に消極的なのも法の庇護を受けるべき下請事業者の実態である。メディアや業界団体が突っつくべきはそこだろう。
商流全体で価格競争を統制しない限り「価格を第一に置く競争原理」は今後もなくならない。
とはいえ市場への公的介入は往々にして不健全極まりなく、かつ不首尾に終わることが多い。

法定労働時間を順守し、残業時間の上限制限することが「危機」や「破綻」という状態を生み出すのであれば、2019年に先行して働きかた改革を実施した他業界でも同じような大騒ぎがあって然りだったはずだが、社会問題として表面化した記憶が薄いのは私だけなのか。
ひょっとしたら今もなお沈黙の破綻や常在する危機があるのかもしれないが、少なくとも一般生活者には知らされていないし、何らかの支障が顕在化しているとも報じられてはいない。
もっとも労務上の問題を抱えていない業界自体が存在しないような気がするのだが。

国内市場の全業種に共通する基礎条件は「労働人口が減り続ける」という不可避な事実であるが、消費自体も縮小するので物流的には折り合いが付けられそうだと思っている。
たとえば自滅的に有名無実化してしまいそうな「標準運賃」からの一定程度の乖離を認める代わりに、「運送所要時間の許容拡大」を社会啓蒙し、実務上で徹底させてはどうか。
所用時間を3割から5割程度拡大するだけで、大幅なコストアップをせずとも荷が運べる。高速道路不使用もしくは一部使用で、一般道優先走行でも必要な睡眠と休憩が確保できる。
そのために行政主導で推進すべきの第一は、主要幹線道沿いに大型車両が停車休憩できる施設を拡張や新設することだ。たとえばの試案として、昨今増加の一途であるスーパー銭湯や超大型商業施設に専用スペースを設けてもらうように働きかけることなどが思い浮かぶ。

「高給優遇や憧れの職業ともてはやされようと夢みているわけではない。職業ドライバーとして普通の暮らしができる所得と体調維持に支障がない労働環境が欲しいだけ」

関与先倉庫のヤードで庸車ドライバー氏の背中を見送りながら、そんな声が聞こえたような気がした。

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2024年問題の前に運送委託基本契約書を https://www.logi-terminal.com/yomoyama/actual/signing-a-contract-comes-first-rather-than-the-2024-problem/ https://www.logi-terminal.com/yomoyama/actual/signing-a-contract-comes-first-rather-than-the-2024-problem/#respond Thu, 14 Mar 2024 18:00:44 +0000 https://www.logi-terminal.com/?p=23334 先日、とある企業の物流本部長から電話があった。
素朴な疑問と質問だったのだが、内容をかいつまめば、

自社の属する業界団体から運送に関するアンケート依頼が届いたので早速回答を、と中身を読み始めると「運送契約について」が第一の問いになっている。
そもそも路線便にしても個配便にしても、長年にわたり見積やタリフは何度も更新されてきたものの、一般的な契約書的書面は交わしたことがない。本社の管理部門に確認してもそのような書類は保管しておらず、契約書への代表者印の押印記録もない。
値上・値下の交渉記録とその結果の確定金額が記載された見積書は残っているが、金額以前の運送基本契約的な書面がない――のような現状なので、アンケートの冒頭で「契約書はない」を選択するほかなく、続く各項目への回答資格がなくなってしまった。
業界団体的には「運送契約書があるはずだ」という前提でアンケート作成しているらしく、わが社は想定外の事業者に該当するのか、という不安感が否めなかった。
はたして他社はきっちり運送契約を交わしているのか?

というものだった。

本部長の疑問はもっともだ。
つい最近まで運送事業者は事業規模の大小を問わず「運送委託基本契約書」を交わさずに、見積→合意→業務開始、という段取りで仕事を始めることが常態化していた。
そんな現状を認識しているか否かの別なく、今に至ってもそのままという企業は多い。具体的な統計不在なので、あくまで私見に過ぎないが、企業単位ではなく個別契約の延べ数を対象に統計を取れば、過半どころか既存運送委託の70%以上が「委託契約書無し」だと思う。

言うまでもなく基本的な契約書がなくとも法律上の契約は成立しているので、建前的には取引自体になんらかの支障が顕在化するわけではない。
通常業務が見積どおりに執り行われている限りは、荷主・運送業者の双方ともに契約書がないことへの違和感や危惧を抱くこと稀であり、日々そのままに過ぎて、今や数十年。
というのが最多実態ではないかと思う。
荷主の「運送業務?ホンネを言えば、金額以外には興味なし」の因果として「基本契約なしでも気にならなかった」が発せられているのだろう。

昨今ではコンプライアンス徹底の号令のもと、上場企業から順に契約書の更改更新や作成がせっせとなされているようだが、その進捗具合や実施比率を総括する資料はない。
けっこうな事業規模で管理部門は事務手続きに厳密な企業であっても、運送関連の契約書や業務委託内容の詳細に誰も手を入れようとしないし、それ以前に課題化されてこなかった。
なので今後は上記のような「素朴な疑問」的なアンケートによる情報収集と統計化によって、少しずつではあるが運送契約の実態が数値化可視化されるだろう、、、たぶん。

少なくともノストラダムス的滑稽さで騒がしい2024年問題とかいうマッチポンプ的寸劇より、基本業務の契約行為を正常化させるほうが優先順位としてははるかに高いはずだ。
待遇改善、特に労務のお粗末さを修正すれば他業界同様の「人が足らんので今後は労働力の確保が難しくなるのじゃ」という国家的構造リスクしか残らない――つまり不可避で不可抗力的要素をゼロにできない2024年コワイコワイハナシ以前に、他業界が契約時に行う通常作法を遅ればせながらやろうよ、のほうがすぐにできるし、それなりの結果も付いてくる。
(2024年問題への対処については過去稿でたくさん書いているのでご参照ください)

「運送委託基本契約書」についてはネット上でも定型書式が簡単に入手できる。
相手あることなので即座に理屈や正論が通じるとは限らないが、「契約弱者を嘆く前に、できることはたくさんありますよ」と運送事業者の経営者諸氏には申し上げたい。
過去にさんざん書いたとおり、地道な既存顧客の囲い込みと新規開拓に加え、契約内容の健全化や適正な運賃契約確保のために必要な行動項目を「うちは死に物狂いでやっている」と胸を張れるなら、貴社は必ず報われる。少なくとも私の知る限りはそうなっている。

諦めなければならぬほどやり尽くしたのですか?
そう問うてみたくなる事業者は多い。

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へっぽこ面接官の「あっ 気持ちが動いてる」 https://www.logi-terminal.com/yomoyama/digression/not-suitable-for-job-interviews/ https://www.logi-terminal.com/yomoyama/digression/not-suitable-for-job-interviews/#respond Thu, 07 Mar 2024 18:00:31 +0000 https://www.logi-terminal.com/?p=23307 なんやかんやあっても、やはり今頃になるとなんとなく春めいてくる。そしてイロイロ始まる気配があちこちで漂い、人によっては浮かれたり前向きになったりもする。
お天気が良いと、散歩しつつ思わず鼻歌など口遊んでみたり――昭和世代のワタクシは化粧品会社の春の新商品CMで流れた曲が「春のうた」として印象深く、さらには半年サイクルで巡る秋商戦に採用されたCMソングが「秋のうた」として記憶に残っている。
なんていうハナシが通じる読者はいったいどれぐらいいるのだろうか?

ちなみにワタクシ的春のうたは尾崎亜美の「 マイ・ピュア・レディ」であります。
まさに「あっ気持ちが動いてる」の歌詞そのままに、小林麻美という長脚美女にドキドキしながら「いいなぁ」と何度も心の中でつぶやいた思春期のワタクシ。大御所との電撃婚後はメディア露出がなくなったが、70歳の今でも美しいままなのにはおそれいる。むしろ歌手としての彼女のほうがわかりいいかもしれないが、カバー曲ながら「雨音はショパンの調べ」は大ヒットした。個人的には「哀しみのスパイ」という曲を推す。

というハナシはトコトンの余談でしかなく、まさにどーでもよい。
面接官のとしてのワタクシのエピソードトークをするのだ。

春めいてくると、桜が咲き、新年度が始まり新入社員が街往き、、、あたかも物語の始まる季節の訪れのような連想や期待感がどこともなく漂う。
春の新入社員については、大企業なら新卒者がメインかもしれないが中小零細はまだまだ中途採用の比率が高いままである。わが業界も中途採用求人への応募数は大幅に増加しているだけでなく、異業種異職種からの転職希望者が多く混じるようになった。取りこぼし無きよう採用し、即戦力化と要職を担う人材へと育成していただきたいと切に願う。

、、、というハナシも今回の趣旨ではない。

不肖ながらも採用面接においては最終決定する立場が長いワタクシである。
つまり最終面接に限らず、第一次面接や二次面接に立ち会うことも叶う立場、と言いかえてもよい。もっと前倒しすれば、書類選考から口をはさんでもよいという拡大解釈も可能だ。

中小企業の経営層なら誰しも同じ経験や苦悩めいた迷いがあると思うが、採用ほど難しいモノはない。そもそも人間が人間の中身や外見について見立てたり値踏みするような行為は、どこまで行っても濁りや誤魔化しや思い込みの混入を排除できない。さらには客観的に評価しようと画策している思考回路や手段自体が独善と偏向の極みであったりするので始末が悪い。

読者諸氏の多くが社内的には言いにくいかもしれぬので、不肖ワタクシが代弁するが、採用におけるエラーの主犯は高確率で経営層にいる。
大いなる偏りや拘りは経営者の本質であるし、失策自体が経営の本質なのだ!
と切捨ててしまえばハナシが続かないし、それで済ますわけにゆかぬは新戦力の採用なのだ。
なので経営トップ以下の経営層は、なんとか取りこぼしや見立て違いを回避できぬものかとあれやこれやと画策する。と、苦悩して考えている割には他人の意見を聴かぬのも経営層にありがちな傾向である。したがって「思いつき」「突飛でへんてこりん」な試行案がしばしば発表されることになる。そのたびに、怒らせぬよう・傷つけぬよう・投げ出さぬよう、細心の注意をもって本人が翻意するように、堀を埋めたり縄を締めたり首に鈴まで付けねばならない部下の面々はタイヘンである。

面接とは見合いのようなものだとたとえる人は多い。
お見合の経験がないワタクシには想像でしか合点することができないわけだが、なんとなくそうなのだろうなと感じている。もちろん見合いの釣書にあたる履歴書や職務経歴書に記された学歴や職歴に興味を向けぬわけではないが、極端に言えば、最初の3分ぐらいで結構な判定をしてしまう、、、ような気がしてならない。
親しい相手からは「だから毎度毎度がへっぽこ面接なのじゃ。ねるとんじゃあるまいし、〝第一印象から決めてました〟はアカンよ」とたしなめられること数知れず。
たしかに振り返れば、他の面接官から「絶対採ってはなりませぬよ」「いったいどこが適格なのか不明です」「職歴や実績の具体的な質問をちゃんしないのは論外です」などとタイヘン厳しい言葉を連発されることもあった。ホントにたくさんあったなぁ。

第一印象で「あっ 気持が動いてる」と感じて、「ぜひ一緒にやりましょう」と続けてしまいそうになるのは、たぶん自分自身が全部責任を取れると思い込んでいるからなのだ。
それこそ不遜で思い違いも甚だしいのだが、面接時には何かしらの「好感」を強く感じて、早く一緒に仕事をしようよ!みたいな青臭い感情に支配され倒しているに違いない。
つまり短絡単純に過ぎて、面接官としては不適格なのだ。
なのでかなり前から最終面接には絶対絡まないようにしてきた。むしろ書類選考と一次面接に力を注いで、、、と強く希望したが、それもすぐに却下されるようになり、やがては面接にはかかわらずともよいことになったのだった。

一応世間体もあるので、自ら面接という業務から完全撤退したことになっている。
たまらんなぁ。

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棚卸に澪標 https://www.logi-terminal.com/yomoyama/management/inventory-taking-by-everyone/ https://www.logi-terminal.com/yomoyama/management/inventory-taking-by-everyone/#respond Thu, 29 Feb 2024 18:00:33 +0000 https://www.logi-terminal.com/?p=23248 もう年度末。
ということは多くの企業が棚卸を行わねばならない。
皆が皆てんやわんやでわちゃわちゃに、とは限らないが、RFIDや重量センサーなどが未装備であろう多くの倉庫拠点では、混乱なくとも混雑繁忙の月末になる。
大昔から半期に一度の社内行事的オツトメと認識されているのが一般的らしく、他部署からの応援を募って乗り切るのが物流部の恒例なのだ…という企業はまだ多い。
棚卸最多実施月の3月末と9月末は、建屋によっては冷気や暑気が身に堪える時期でもある。
現場の皆様は身づくろいに抜かりなくくれぐれもご自愛くださいませ。

棚卸の季節になると、在庫にまつわる話題が多くはないが記事になる。
業界によってはコロナ禍の数年で生産調整や在庫水準の見直しを行ってきただろうし、今に至っては在庫評価の基準についても同じく再考する時を迎えているようだ。
財務状況以前に販売の見通し次第では、除却廃棄の断行を避けられない事業者は多いはず。
国税局もそのあたりを詳細に知るべく調査に入る傾向は強まるばかりと聞く。

製造業では部品や仕掛品の現状を差異なく誤記なく計上できている企業は稀なのだが、顧客に対して不義理や迷惑とならぬ限り、経営的にはあまり問題視されないことが多い。
さらにはその在庫物自体の評価が社内的なルールと国税ルールでは異なる――俗にいう「解釈の違い」というやつだが、作為的な虚偽計上や評価している事例よりも、「それのどこが悪いのだ」という悪意なき錯誤状態が税務エラーとして指摘を受けるほうが圧倒的に多い。

不肖ワタクシも何度となくそういう場に立ち会ってきたし、相談を受けることも多い。
が、本来は物流部門の守備範囲ではなく、営業体と経営企画系の財務部門が検証すべき分野。なぜなら物流や経理は事業が生み出すあるがままの数値を規定どおりに分類計上し、その過程と結果の双方において一切の改変や何らかの意思が作用する修正を行ってはならない部門だからだ。その範を冒せば正しい数字が不明となり、やがて経営が曲がりくねり、昏く荒む。

なので、相談に対する応答は、
「在庫のステータス区分数を最少化すると同時に、在庫修正や調整ができる権限の明確化と承認手順のルートと書式厳守を社内通達し、その手順外ならモノは動かさない」
という内容ぐらいに止める。
もちろんその段取りは経営決定してもらう必要があることも付け加える。

在庫にまつわるデータ処理や引当前後の一時的な切り分け(取り置き的な状態)などの社内規定が会社によって異なるのはアタリマエにしても、程度というものがあるはず。
たとえば引当可能在庫としてのステータス(要は販売先属性や販売態様による区分)以外に、仕掛品や返品再入庫状態・再入荷検品待ちとマークダウン対象などの一時保留の期間専用に用意される在庫データ区分、除却対象品に大区分・中区分・小区分があったり、、などは一定の理解ができる。が、あくまで顧客都合や要望を考慮し、便宜上認められているに過ぎない。

過去には在庫ステータスだけで500超、それにぶら下がる区分まで数えると2000超の在庫分類が存在した関与先もあった。今は抜本的に改変して簡素化されているものの、読者ご賢察のとおり、そのような過剰なデータ区分の半分以上が有名無実状態の不要枠だった。ちなみに、売上規模や販路数を理由とするのは初歩的な誤認である、と蛇足ながら添えておく。

似たような状況や傾向に陥っている事業者の物流部門各位は、棚卸に先んじて、在庫取扱いに関与する他部門と共に在庫区分の改廃・集約作業に着手してはいかがだろうか。
棚卸準備のための会議の席などで議題として切り出すことが多い上記内容だが、経営から号令がかかってから改善完了までの期間はそこそこ要するのが常である。
物流部門内でのルール策定と徹底は短期間で完了するにしても、営業各位と製造や調達、そして財務などの「各数および総数よりも各金額および総金額」を最重要項目に挙げる部門がルール決定にかかわるので、その折合いには時間がかかる。

ずいぶん前に関与先で以下のようなハナシをしたことがある。

数多の企業ではまるで河川のごとく、経営起点から始まる事業の上流・中流・下流に至る流域内で、さまざまな曲折ゆえの氾濫やそれを防止するダムが設けられている。水源から湧き出た清冽な水は、下流に到達する頃には少し濁って見通しが悪くなったり、淀んで流れているのかいないのかさえ目を凝らさねばわからない川相となっている場所もある。
物流部門はその最下流に位置し、下流域から市場という海に注ぎ込む河口部までの役割をはたしているわけだ。

「放っておいても流れは海に出てゆく」
と信じて疑わない方々にお伝えしたい。

河口部に近づくほどに両岸の間隔は拡がり、川底は浅くなってゆく。洪水防止の堤防と川幅拡大の整備工事によるものなのだが、よく観察すると川底には堆積している大量の砂や埋もれて見え隠れしている丸い石がたくさんあることに気付く。砂には「端数や廃棄未遂物」と浮き上がる文字が読み取れ、丸い石には「妥協や先送りのなれの果て」と記されている。
言うまでもなく、すべて上流や中流から流れついたのだ。

そのまま放置すれば、川底はせり上がり河口部をふさぐような高さに迫る。上流から大量の雨水が流れてくれば、中流・下流域では水位上昇による堤防決壊のおそれも否めない。
なので平時から河口付近では浚渫(しゅんせつ)工事が欠かせないのだ。
もちろんすべての河川で必ず必要というわけではないが、久しく平野部に流域の過半を有する河川ならば、多くの場合河口部には流れ着いた砂泥が日々堆積し続けている。

在庫についても同様の理屈が当てはまる。滞留する商材や資材をこまめに処分しなければ、市場への開口部たる倉庫機能が重く鈍くなる。
棚卸は財産算定の目途と共に、会社の水流たる商材の流れ方を測定する機会でもある。
暑かったり寒かったり面倒だったりクタクタになったりするが、地道さが報われる作業であるし、税法が変わらぬ限り事業者には不可避の責務なのだ。文明の利器を導入できない多くの企業では、今年も来年もみんなでこなさねばならぬ区切りである。

在庫にまつわる不正が多いことは事実。
真面目にやっている会社にとって性悪説は不本意でしかないものの、事業版火盗改は「お縄が嫌なら洗いざらい全部吐いちまいな」と相手かまわず立ち入るのだ。
申告不備による納税違反に該当する事実がなく、錯誤修正で済むのなら、それ以上は粘らずに手ぶらで帰ってほしいもんだが、鬼平としてはなかなかそうもゆかぬらしい。

あれれ、堆積物による浅い河口部の浚渫に絡めて「澪標」のハナシに振るつもりが…
もちろん「光る君へ」にも目配せしつつ第十四帖を伏線としてまくらにおいて。
なんていうのはまた別の稿にて。

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自動物流道路<リニアカーゴ https://www.logi-terminal.com/yomoyama/management/linear-motor-freight-vehicle-than-automatic-logistics-road/ https://www.logi-terminal.com/yomoyama/management/linear-motor-freight-vehicle-than-automatic-logistics-road/#respond Thu, 22 Feb 2024 18:00:11 +0000 https://www.logi-terminal.com/?p=23178 能登半島地震のその後についての報道が激減しているように感じる。インフラの復旧に次いで教育と労働の場の再開こそが再稼働の第一と思う次第だが、どうなのだろうか。
物流機能も少しづつ回復してきたと聞く。生活雑貨や生鮮品はもちろん必需だが、親戚や知友人からの手紙や荷物が滞りなく手許に届くようになればよいと願う。

先日国交省が発表した「自動物流道路に関する検討会」については、自動車以外への振り替えなどを組み合わせるような別案と横並びで比較検討できるような広報を望みたい。

国内労働人口の減少による各業界での人手不足は不可避の事実。
大変だぁ~、と大騒ぎして、いかにも省人・無人を可能にしてくれそうな気配漂う機械化や自動化を推進しようとしている主体はいったい誰なのかがよくわからん。
先導するのは国交省なのか?厚労省なのか?やっぱり内閣府なのか?
先導者にぶら下がって扇動しているのは毎度の面々なのか?

どこの誰が何をしようともかまわないが、いずれにしても官民あげての大プロジェクトというにはあまりにも場当たりすぎだろう。対症療法の典型である「咳に咳止め薬」的なやっつけ方策やらノストラダムス的悲観論ばかりでうんざりしている。いや、ちゃんとした自然治癒力があるなら、とりあえず咳止め薬でもいいとは思うのだけれど。

少なくともこの先20年間ぐらいは加速度的に人口減少が進むわが国で消費縮小しないわけがない。なので物販も減じること必至であり、かつ物品の購買から受領までの時間に対する飢えや待望感が今以上に減る。すでにあれこれと持っているので、飢餓状態さながらの物欲は稀。
無理して買わずとも、無いなら無いで済む、はごく普通の感覚だ。
そして今後のわが国では平均可処分所得はよくて横這い多くは減少。しかしながら可処分時間は増える傾向となるはず、、、が別角度からの根拠。
ゆえに近未来においては特別料金扱いの「即日」「翌日」の配達ではなく、翌々日以降の「通常配達」を選択して余分な出費を避けるのが生活者の標準となりそうだ。

つまり倉庫内作業や運送便にかかわる人数が減少しても、仕事量自体が減り、時間猶予が今以上に認められるので、なんとかこなせるようになる。というのが私の予想。
それから荷主企業は無為無策のままではないことも念のため書いておく。
各事業者にとっての往路・復路のいずれか、もしくは両方で混載や共同配送の手当てがいっそう弾力化しつつ一般化する。なので運行車両数の倹約と同時にコスト圧縮が叶う。
――のようなハナシを関与先企業には時間をかけていくつかの切り口で説明してきた。なので私の周辺には過剰な切迫感や危機感はない。労働人口減少への対応についても、現場の雇用維持・新規採用の方針は一昨年度内に決定しており、すでに運用開始して久しい。試験的ながらもその中には自社便のドライバー職募集も含まれている。

関与先でよくするハナシでもあるが、そもそも誰が「今よりも物流所用時間が長くなるのは悪である」と強弁しているのかが不明である。少なくとも消費者一般の声ではなく、荷主企業の社是や事業推進上の必達項目でもなさそうなのだが、物流危機コワイコワイ噺はどこのどなた様が言いだして言い続けているのか不思議この上ないのだ。
生産者、販売者、消費者が「品物が生産されて手元に届く時間や日数は今よりも一日か二日ほど多く必要になります」の大前提を理解して許容・受容すればよいだけだ。
最も必要な事項は最終消費者の「理解と許容」であり、それを得るにあたり設備投資や公共財の改修や増強は必要ない。
強いて挙げれば「わが国が老成国として存えるために、欲せずば足りるを知らねばならない」という現実を包み隠さず説明して啓蒙するための政府広報ぐらいか。

上述した「自動物流道路」にしても、趣旨としては大変結構だと思う。
だだし、既存高速や幹線道路に維持管理と改修以外の巨額費用を新規に投じずとも、既存の別種インフラを物流に転用すればよい。そんな意見が公に出ないのは不思議だ。
中長距離便のトラックドライバーが足らぬから自動走行車両を新設の専用道路で往来させればよい、という理屈は、運送業界に居座る劣悪労働環境の改善による雇用維持・促進に見切りをつけると同意となる。つまり2024問題を謳う段階で抜本的な解決など無理筋と判りきっていたこと――「国内の労働人口が減少の一途でも、トラックドライバーの数を維持か増加させる」という四方八方からの掛け声は潰える。過酷な労働条件下で輸送を支え続けたドライバーたちが自動走行車と専用道路に取って代わられお役御免、も致し方ないというわけだ。
体質改善ができない業界のなれの果ては寒々しいものになりそうだ。

以下は何本かの過去記事の主旨を取りまとめて要約した内容。「またそのハナシか」と食傷気味な古い読者諸氏にはお詫び申し上げる。
雇用促進・労務改善・待遇向上を謳ってはいるが、その原資たる売上増加に必要な荷主への説明と条件交渉、新規顧客開拓にハナシが及ぶと「できない」「難しい」と即答。
「できない」は「やらない」と同じなのだと解っているのだろうか。
他業界なら「できない説明やそれらしい御託を並べる前に地道な営業活動に汗をかいたらどうか。嘆いたり悩んだり諦めたりするのはそれからだ」と突き放されて当然である。
仕事を得るための基本行動ができていないのだから、今回の一連に限らず、荷主企業がまともに対峙しないのはあたりまえだ。ちなみに普段から営業活動を怠らない運送会社や倉庫会社のほとんどはとっくに条件改定を認められている。
つまりなるべくしてしかるべき結果が出ているに過ぎない。
このハナシはさんざん書いてきたので、ここで切り上げる。

3年ほど前に他所で「そしてリニアへ」という短いコラムを書いた。
新幹線からリニアへの更なる旅客高速化を見直し、トラック輸送に変わる物流幹線としてリニアを転用してはどうか――というのが骨子なのだが、実はそのコラム以前には減音車輪装着の新幹線貨物車両を開発製造し、減速運行によって夜間操業させる、という提案をしていた。

しかしながら新幹線の貨物転用には夜間騒音以外にも、
「既存線路では貨物車両走行時の耐荷重不足」
「既存駅接続の貨物ターミナル新設は実現性に乏しい」
などの障壁があって難しいと判明。
ならば短時間を是とする旅客については、在来特急と新幹線と国内空路に委ね、現在完成間近ながらも不定要素も垣間見え、国民利益の具体がイマイチ視えてこないリニアモーターカーを物流大動脈として転用することで数多い問題が解決できる。

ここで間違いなくツッコミが入りそうなのは、
「いやいや夢の高速移動ビークルたるリニアモーターカーは、技術大国ニッポンに相応しい観光資源として唯一無二。移動高速化は旅行需要の喚起拡大に寄与すること必至だ」
という指摘である。
つまりは国の観光産業戦略との整合性が課題となるが、これこそが政治の出番である。
少子高齢化のわが国で暮らし続ける国民の利益、観光大国を目指す国の利益。必ずしも同一視できないそれらの折り合いをつける役割は政治が担うべきところだろう。
近年めざましく進化を遂げた在来特急や新幹線、中小型機体の地方空港増便の空路、などですでに充分に速いと思うが、あくまで個人の感想なので小声でブツブツ言うにとどめる。

ついでに書いておくが、リニアモーターカーを貨物利用するなら、内装や設備面で旅客よりも制限やコストが少なく済むのでは、という素人考えなども浮かぶ。
開業時には時速500㎞超から始まり、ゆくゆく700㎞ぐらいまで上げる、というドエライ高速移動が人体に及ぼす影響への不安なども無用になる。基本設計は無人運行なのだから当然であるし、夜間走行についてまとう騒音問題が新幹線に比して激減するという利点は魅力だ。
もしも24時間365日、リニアビークルによる貨物運送ができるなら、最高速はほどほどに抑えて連結車両数を増やし、製造を低コスト化できる仕様の車両こそが実用的である。

ただし、既存の運送会社の相当数は現状スタイルの仕事が大量に減る。中長距離の幹線運送便は需要が縮小するだろう。一昔前からずーっと人員が不足したまま高齢化が追い打ちをかける中長距離の大型トラックが担っている路線の過半以上はリニア路線がまかなえるので、リニアの各地ターミナルからは中型小型車両による接続で物流網は維持できるはずだ。

毎度の素案だが、国内各ブロックの一次拠点(上記のリニアターミナルの類)に続く物流機能については各自治体が域内配達業務を内製化すればよいと考えている。
いきなり全部が全部は無理にしても、地域の雇用創出には大きく寄与するはずだし、生活物資の配布手段を自前化できる。何よりも外部者へ支払っていたコストが域内で回る。
なので一石多鳥の効果を目論むことができるし、その先には…
と、さらに始まりそうなので今回はこれにて。

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