物流よもやま話 Blog

経営の隠針「現場の底力」

カテゴリ: 経営

年々少なくなる事例ではあるが、アナログな物流現場のハナシを書いておきたい。
「そうせざるを得ない」「業界の諸事情」「商材がデジタル化となじまない」などの現状を憂い疑いながらも受入れ続ける企業は多い。
正論や合理性だけで〇×を付けることが乱暴である事情もわかっているつもりだし、当時者たちは受容と忍耐と不屈をもって物流業務に臨む。
ゆえに私も「事情の詳細がわかっているなら、今は黙って最善策を練る」というところに立ち止まり、標高ゼロの山頂を目指すことに徹するのみだ。

物流業務はその中核である合理的で機能的な業務フローの運用と計画的なOJTの徹底で一定の成果が得られる。
背後にコンパクトで単純なWMSを走らせてやれば、効率と正確性の並立の助けになる。
庫内システムのチェック機能に依存することは厳禁だが、人的ミスやエラーに対する保険として手当てできることも事実。
しかし、あくまでもバーコードなどの「デジタルインフラありき」でのハナシである。

では、なければどうする?
「〇〇〇〇〇があればなんとか」
「〇〇〇〇〇が無いと難しいだろう」
「〇〇〇〇〇を導入する努力から始めたほうが」
などのできない理由の説明は役に立たない。
与えられた条件でやるしかない状況だと覚悟を決めなければならないのだ。
20世紀メソッドもしくは昭和スタイルを「旧き良き時代」なんて回顧している場合ではない。
オールアナログでノーミスを目指す業務フローと、エラーを通さない関所を作らなければならない。
バーコードもWMSもないに等しい。
現場チェックの補助具としてなら、パソコンやタブレット端末やスマートフォンは役に立たない場面がほとんど。
こうなるとデジタル機器などが中途半端に使えるのはかえって混乱を招くもとになる。
ならばいっそう「ない」と割り切ったほうが御しやすい。
さぁ、どうする?

という前提条件を突きつけられて、腕をまくるか尻尾をまくか。
文明の利器が活用できるなら、わざわざ手作業で腕の見せどころを競う必要などない。
「アナログ力」的な能力自慢は意味がない。
「美学」「美意識」に類するハナシは企業理念に記せば足りるので、現場実務には無用。
結果を出すことだけにこだわるなら、そこに至る手法に個人的な志向は持込不可である。
与えられた条件の中での最大効果を求めることだけに集中して、現場をやりきるしかないと腹をくくることがすべてなのだと思う。

たとえば、のハナシをひとつ。
その企業の取扱品は多品種で、極小部品から大型品に至るまで多岐にわたる。
タバコ一箱程度の大きさのケースに100入の小さな部品。
出荷単位は「箱」ではなく「個」。
箱には品番とバーコード表示があるが、中身には何も目印がない。
しかも同型番にサイズ・バリエーションが8。
一つ隣のサイズ違いを並べても一見しただけでは判別が難しい。
似たような商材は山ほどあって、ピッキング時のミスは多発する。
誤ピックの中身もさまざま。
ピッカーへのミス防止ルールと梱包ラインに二重の関所を設けて、品番、数量のチェック。
無用のバーコードリーダーで凝っている肩をトントンしつつ、終日数合わせ。
そんな地道な作業も、ピッキング時に同型別サイズを取ってしまえば空しい労力となる。

「ロケーションの配置と品番表示の工夫」を現場メンテナンスの絶対ルールとして徹底しておかなけらばならない理由は、こういうアナログ現場で作業すればすぐにわかる。
たいていはいずれかの関所で引っかかるが、たまに「いってしまう」こともある。
原因のほとんどが「作業ルールの違反」である。しかも悪意や怠慢からは程遠い理由が大半。
従って、配置転換や再OJTだけでは修正しきれない。
現場管理と品質維持において「一生懸命な不出来」ほど厄介なものはない。
「ズレている本気」と同じぐらいの難物だ。

その現場に新しい管理者が着任した。
総務畑が長く、事務能力は高いが、物流現場を統べるような適性や能力などあるのか?
誰しもがそう案じる人選だった。
彼が現場管理を始めて約3か月が経過。
相変わらず誤出荷は恒常的に発生する。退職した前任者の時より増えている。
営業部門からは顧客クレームのレポートが週に何件もあがる。
誤出荷・現場欠品以外までカウントすれば、ミスゼロの日などほとんどない。
すべてのレポートに物流現場の所見と対処を書いて、「顛末書」と「始末書」の中身が完成することも変わりない。
意外な人事の結果が失敗ではなかったのか?などということを検証すらしないまま、いつもバタバタでミスの多い物流部門、という日常の風景が続いていた。

着任から17週目の金曜日夕方。
現場担当の社員とパートリーダーが集められて会議が催された。
そしてその週末、会議出席者とその他数名が休日出勤し、現場と事務所で作業が行われた。

翌々週水曜日から誤出荷が漸減し始め、5週間後にはミスゼロの日が過半の状態になった。
発生したミスについては当日のうちに詳細な状況・原因の把握と対処指示が完了する。
同時進行の現象として、残業人員と時間がじりじりと減り始めた。
新管理者に代わって半年が過ぎようとしていた。

「いったい何が変わったのか?」
物流現場の変貌について営業担当役員からの報告を聴いた経営トップは、内心で呟いていた。
にわかには腑に落ちないというのが正直な気持だった。
さっそく現場を視察した。
「ちょうどお誘いしようと思っていたところでした」
自社倉庫に向かう車の中で、管理担当役員が小さく頷きながら言った。

現場責任者の案内で庫内を巡回しはじめたが、通路ごとに見通しのきく庫内を一瞥しても、社長には合点のゆく違いが皆目わからなかった。
以前となんら変わっていないとしか感じない。あえて言うなら梱包場の手前に棚の並ぶ小さな部屋のような箇所が増えていることぐらいか。
清掃や整頓は前任者以前からの申し分ない状態を維持しているし、従業員の風体や立居振舞も変わらずきちんとしている。創業以来の社是が貫かれている。
新調した設備などもないはずだし、通路幅や照明も変わらないと思う。
では、業務品質の変化は何に因るものなのか?
怪訝な面持ちで「どこがどう変わって、ミスが減ったのか?」を問うた。

現場責任者の答えは二つだった。
・ロケーション・品番表示・補助POPの変更。
・特定品番の別棚集約と警告POPの設置。

要は教科書に反する「不揃い・バラバラ・わざわざ」という、逆張りを施したのだった。
特定品番の別棚集約だが、これは現場慣れしていないゆえに思いついたファインプレーと絶賛できる。
過去一年間の出荷データと誤出荷品番をソートし、引当とミスの統計を偏差値化。
「出荷頻度」×「あぶない」「やっかい」「まぎらわしい」という上位品番のロケーションを数本の棚に集め、「ミス多発品番ゾーン」として半個室化した。
ピッキングリストの最下段表示にして「危険フラグ」の記号付与(赤色印字)。
同じ記号がローケーションにもPOP化されて表示される。
ピッキング時の邪魔になるのではないか?という設えの保管マスもある。
効率を落としてでも、ピッカーは最後に「ミス多発のあぶないゾーン」に入って、基本通りの「ロケ確認・品番確認・取り数単位確認・数量確認」を行う。
通常の入荷作業も返品再入荷も同類の段取りで行う。
この二つを徹底した結果が現在の状態を生み出した。
聞けば単純で簡易だが、その答えを導くために費やした労力と時間は膨大だったはず。
畑違いの管理部門出身の経歴とデータへの向き合い方が角度の異なる切り口を見出させた。

一見しただけでは何の変哲もない自社倉庫。
取扱商材と既存顧客への営業方策を考慮すれば、小分けパックの作成などでデジタル化可能なコストを投じるべきであることは重々理解している。
業界上位の他社では既に実施されているし、それがいかに有効かも心得ている。
仕入先への入数指定の小分けパッケージ作成依頼はすなわちPB化に近いオーダーを意味する。全量買い取りのリスクをとり、社内システム入れ替えの投資予算を捻出しなければならない。
現在の体力ではあまりにも金融負担が大きすぎる。
ジレンマに苛まれ続け、顧客・社員双方への申し訳なさを感じつつ今に至っている。
なので、「今できること」の実現は心底嬉しい。
一目一目を手縫いするような細心の工夫。現場の意志と執念に頭が下がる。
我社の物流最前線はタフで粘り強い。信頼できるしんがりは心強い限りだ。

現場の頑張りに手を打って喜んでいる場合ではない。
今一度経営として物流現場の抜本的改善のための投資予算を捻出する方法を考えるべきだし、それは営業力の強化につながるのだ。
会社の未来を拓くために無い知恵と金を逆立ちしてでも出さなければならない。
そして、、、、、

 

この物語はここで終わりにしたい。
言うまでもないが、実際の内容に適当なデフォルメを施してある。
しかし、読者諸氏には文意の趣旨が十分に伝わると思う次第。
あとは、各自の中で思いの続きを巡らせていただければ幸甚。

物流は重くて厄介な図体のでかい部位。
しかし、なくてはならない事業の下半身。
強靭でしなやかな物流は、確かな歩みと跳躍の時を約してくれる。

経営者が自身の目と耳で確かめるべき点が物流現場にはいくつもある。
社長が現場を歩くとき、その企業は大きな気付きと改変を迎える可能性が大きい。
どうか実践していただきたいと切に願う。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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