物流よもやま話 Blog

年始雑感

カテゴリ: 余談

本年もよろしくお願い申し上げます。

読者諸氏それぞれに、
「めでたい」
「めでたくない」
「どっちでもない」
「うちは喪中じゃ」
などさまざまかと思うので、年始挨拶は冒頭の一行にいたします。

今年はどんな年になるのだろう――各種メディアでは新年恒例の話題かと思うが、アタリマエのハナシが多いうえにどーでもよい内容や占いの類まで持ち出してもはやコントさながら、、、
なのでその手の話題には関心が向かなくなってしまった。
そもそも暦の区切りや神仏絡みの行事、和洋ごっちゃまぜのイベントの類にはまったく興味がない。したがってその手の情報に疎く、反応鈍しが常である。

クリスマスも初詣も墓参を含む法事一切は「どーでもよいなぁ」が本音。
冠婚葬祭全般に「浮世の義理」が先に立っての参加がほとんどだった。
もちろん心からの祝意や哀悼を抱いての出席もいくつかあったが、まさに数えるほどしか思いつかない。古来から継承されてきた形式の意義は心得ているし、それを大切にする他者の道理も尊重するが、自分自身に根付くことはなかった。
哀悼や祝福の意は個々の心の中にあればよいと思っているし、その本心に偽りなく忠実であれば、意思表示たる式典参加や書信がなくとも不敬や不実にあたらないとしてきた。

なのでお節や雑煮に“年初特有の食い物”以外の意味や価値を思うことはなく、「食べなきゃならんぞ」と欲することも皆無だ。元旦に生姜焼き定食や麻婆豆腐でもまったく支障ない、、、どころかむしろウレシイというのが本音だ。
最近の時流に乗って書いているわけはない。
大昔から、、、幼少時からずーっとそうだったからに他ならない。
育った環境に因るところ大ということだと思っている。

のようなワタクシのしょーもないハナシはどーでもよい。
皆様の本年が穏やかで健やかであることを願う今なのだが、「穏やか」「健やか」は本来は個々が内心で感じ納得するものであって、他者の評価は及ばぬはずだ。
しかしながら「現実にはそうもいかんよなぁ」と自問しながら書いている。

無病息災をよしとする身体の健やかさにとどまらず、会社の経営状態とその因果――個人の報酬の増減がもたらす精神的な穏健さ、自分自身にかかわりある周囲の人やモノや気候によって生じる健やか穏やかの変位変質、さらには描く将来の怪しい雲行きによる不安の増大。
それらを皆無にすることは不可能なので、紆余曲折の一年間ながらもできるだけ無難にやり過ごせたうえでやっと感じえる「穏やか」「健やか」というふり返り。
こじつけるわけではないが、私の生業も似たようなものだ。満点の一年間など皆無であるし、毎度言うところの「標高ゼロの頂上」を目指す毎日が業の本質でもある。
――というような年始の雑感は読者諸氏それぞれに思うところありかと思う。

他人様のことまで案じ願い祈るような器量などない。
なので、せめて自分事で周囲に迷惑や負担をかけぬように生きる一年を目指そう。
そう思う年初であります。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

最近の記事

アーカイブ

カテゴリ

お問い合わせ Contact

ご相談・ご質問等ございましたら、
お気軽にお問い合わせください。

お問い合わせフォーム