
年号が令和に変わったばかりの頃に以下のような内容のハナシを書いている。
先日「働きかた」についての国会答弁をニュースで視聴していてふと思い出したのだった。
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パート・アルバイトと呼ばれる非正規労働者にとって有給取得や福利厚生の充実よりも大事なことは「手取り額の多寡」であり、そのために働いている。
パート従業員が不平不満を吐き出す際に、最も強い言葉となる内容は「時給」と「時間」であり、10円単位の差が同僚間の人間関係悪化を招く原因となることも多い。
正社員の「年収と残業を含む総労働時間(もしくは総休日数)」に文字面は似ているものの、「時間」の指し示す内容は正社員の目指す向きとは真逆であることがほとんどである。
すべての働く者にとって、労務順法と健全化 = 歓迎・厚遇・満足、になるとは限らない。
以下、多少のデフォルメを加えるが、ご本人が発した言葉のいくつかはそのまま記す。
言葉のニュアンスが失われたりせぬよう心掛けたつもりなので、伝えたい主旨はご理解いただけると思う。
物流倉庫で働くAさんは、勤続12年の中堅パート社員。
数年前から「調整」を外し、月~金の9時から18時を基本労働契約としてきた。
俗にいう「フルタイムのパートさん」だ。遅い日には20時まで残業することも珍しくない。
更には定休日であるはずの土曜日もほぼ毎週出勤している。
休むのは日曜祝日のみで、大型連休や年末年始、夏季休業期間も、会社の休日カレンダー通りに休むことはこの数年間皆無に近い。夫と子供たちの理解も十二分にあり、家事などを分担してくれるので、現状の家庭生活に支障はない。
何をおいても、三人の子供たちの塾などの学費と先々の進学費用を確保しなければならない。
夫の給与は横ばいのまま。賞与は減る一方どころか出ないこともある。
住宅ローンはまだ10年以上残っているし、贅沢には無縁の暮らしであっても、食費をはじめとする基本的な生活費は子供たちの成長とともに増える一方。
数年前までの「調整あり」の働き方では家計所得の必要絶対額が足らない。
一日でも一時間でも多く働いて、総支給額を増やさなければならない。本音を言えば、有給を買い取って欲しいし、日曜日だって隔週ぐらいなら働いても大丈夫だと思う。
そんな説明を笑顔交じりのハキハキした声で小気味よく続ける。
内容はさらに深くなってゆく。
子供たちが全員独り立ちする頃には夫は定年間際。
老後の貯えも年金額も心細い現状を、少しでも改善しておきたい。
今の職場なら出勤して働いた分だけ手取り額が増える。
所長はわが家の事情を分かっているので、勤務時間や出勤日数は黙認してくれている。
うちの営業所では私を含めて数人が似たような働き方をしている。
皆元気で、誰ひとり病気やけがをしないし、とても明るい。
休憩時間は毎度似たような愚痴や心配事の吐き出しあいで、相槌や同感の肯きが絶えない。
出勤して仕事をしているほうが家事やらその他の雑用よりはるかに気持が楽だ。
余計な買い物や余暇にお金を使うこともないので、節約できるうえにお給料がもらえる。
今の自分にはもってこいの環境なのだと納得している。
短い沈黙の後に吐き出された続きの言葉は、私の心の奥に刻まれたまま今に至っている。
親しい仲間内だけのひそひそ話だが、残業削減や一週間・一か月の総労働時間規制ははっきり言って大迷惑だ。一日に10時間以上働くことなどたいした負担ではないし、それが週に6日続いても「心身の過労」なんてことにはなるはずない。
お給料が減ることのほうが辛いし、家計を思えば、それこそ心の病になりそうで不安だ。
国が決めた制度を会社が守らなければならないことは、この前の説明会で理解できた。
でも「いったい誰をモデルにして制度を考えたのだろうか?」と不思議で仕方なかった。
少なくても「わたし」ではない。
もっと言えば「一緒に働いているわたしたち」でもない。
自分たちが困ったり、苦しくなる仕組を望むわけないのはあたりまえだ。
制度を歓迎する人のほうが多いにしても、せめて選べるようにはできないのだろうか。
働きたい人間の希望を聞きいれる会社が法律違反の悪者になるというのは理解できない。
働きたくても働けなくなるのはつらい、というのが私の正直な気持だ。
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聴き手である私が沈黙のままうなずくことしかできなかったことは言うまでもない。
「この現場にとって彼女のような人は宝物だろうし、私が所長なら絶対に離さない」
と強く思った。
生きかたや働きかたや感じかたの根にある「たいせつなもの」のそれぞれ。
「わたしやわたしたちの事情」のそれぞれ。
他人が不遜に〇×つけるような乱暴が許されるはずない。
「現場には本当のことしかない」
と何度もうなずきながら書き終えた当時だったが、今回も同じである。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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