前々から違和感を抱き続けてきたのだが、やはり書いておきたいことがある。
それは今やあたりまえのように用いられる「EC物流」という言葉についてだ。
私自身も記事作成や商談相手との会話の便宜上、結構な頻度で使用してきた。
しかし、その都度「やっぱりなんかヘンだよなぁ~」と引っかかっては、黙殺するようにやり過ごしてきた。
言いたいことを伝えるための道具としては否定しないが、その指し示す中身についてはきちんと説明すべきだと思う。
実は今までも何度か触れてはきたのだが、その回の本筋である論点がぶれるのを恐れて、あまり切り込んだり掘り下げたりしなかった。
その積み重なりがストレスとなって、今回の原稿になったというわけだ。
本年2月に特集を組んだ際に限らず、それ以前それ以後にも発言したり書いたりしているが、「EC物流」といわれる技術や仕組は存在しない。
EC経理やEC総務やEC人事が存在しないように、EC物流という業務は存在しない。
単なる物流業務があるだけで、しかもその中身は非常に単純で簡易だ。
だから、「やったことない」「いったいどうやればいいのか」「ノウハウがない」などという思い込みは、少し説明を受ければすぐに解消してしまう。
未経験や新規に学ぶものはわずかで、安いコストと短い時間で実用化できる。
一定年数以上の社歴ある企業がEC物流なるものにとっつきにくい理由はほぼ共通している。
その最たるものは、単品もしくは数品を消費者に個配直送するということと、購入者である顧客の反応やその他情報の戻りが直接だという点につきる。
一行一個で数行がせいぜいの伝票管理や個別梱包、ラッピングなどのオプション対応。
毎日のように大量個口の出荷をこなすことへの戸惑いと煩雑さへの拒否反応。
何のフィルターもかかっていない喜怒哀楽を含んだ「肉声」に近い言葉が直接返ってくる。
場合によっては「レビュー」として相対取引の内容とそれにまつわる遣り取りまでもが不特定の衆人にさらされる。
商流の中に根付いた一定の約束事に則って商いを続けてきた企業には、何もかもがあからさますぎて二の足を踏んでしまう。
とりわけ自社物流なら、現場の困惑やストレスのほどは相当だろう。
購入者との関係性の調整や適正維持はEC専業事業者であっても難所であることに変わりない。消費者への直販に付いてまとう要素のひとつなので、何人も避けては通れない。
戸惑いや敬遠したくなる心情は理解できるが、自らが手を付けなければならない要所なのだ。
同時に、市場ニーズの大鉱脈やサービス改変の糸口が散在する宝の山であり、カスタマーサービス部門に人材投入すれば、営業と開発部門の貴重なデータ収集手段が内製化できる。
「めんどうでやっかい」が「ひょっとして」や「もしかしたら」という言葉に置き換わる時。
その企業は踊り場から上へと続く階段に足をかけるのかもしれない。
EC対応の物流業務は本来なら導入のハードルが低いにもかかわらず、数多い企業が誤解したり警戒する原因は何か?
それは、ひとえにEC業者の物流委託で食っている各社が言葉にもったいを付け、ややこしくしているからだ。
EC事業者が備えるべき営業活動の重要なツールとして、いかにも「新しい技術とノウハウ」であるかのように宣伝されているに過ぎない。
賑々しい看板の裏側では、昔ながらの物流屋が年季の入った現場と道具と人員でせっせと仕事をしている、なんてことも間々あるだろう。
「えっ!ここが最新技術と神業のような業務精度を誇るEC物流センターなのか?」
という倉庫訪問時のガッカリや唖然の訪問者心情は珍しくない。
内実を知る者としては、これ以上書くに堪えない旨、ご賢察願う次第である。
その他にも、メーカー物流、商社物流、通販物流、SPA物流、、、
やはり奇妙な言葉なのだが、出版物やニュース記事ではあたりまえに使用されている。
メディアの意図は最大公約数的な理解を得るための表現に違いないので、それについてイチャモンつける気はない。
「表現や説明の便宜上」というのが素直な受け止め方だと思う。
そしてこれらも、前段と同様に置き換えれば実態が分かりいい。
メーカー人事、商社経理、通販総務、SPA営業、EC仕入・・・
業種業態にかかわらず経理総務などの管理業務はあるし、仕入や販売はモノを扱う企業に共通するので、とりたてて冠に業態を付ける理由が見当たらないはずだ。
固有の約束事や業態特有の、などと言い始めたら、各社ごとにあれやこれやと始まってしまいかねず、うるさくて始末におえない。
A社人事、B社経理、C社営業、D社仕入、E社物流、、、のようになってしまわないと収まりがつかなくなる。
そんな混とんを喜ぶのは業務委託先や設備やシステム系の取引業者だけだ。
「ザ・カスタマイズ」は輝く黄金の言葉。
歓びの響きであり、売上アップの予感に満ちて素晴らしい。
企業独自・喫緊課題と不要不急が紙一重であるのは今も昔も変わらない。
まとめると、
ECという業態の物流に特殊さや固有の約束事があるのか?
それはEC以外の業界で錬成された技術や方法論では用が足らず、新たに組織や設備や仕組を用意しなければならない類の明確な違いなのか?
既存の自社インフラや人員では習得不能な技術や知識が多く、何らかの外力を必要とすること必至なのか?
のように書き出せるわけだが、その答えは全て「否」である。
言葉に惑わされることなく、実務の中身を検分してみればよい。
「今までのやり方にちょっと加減をすれば、何とかなりそうなのでは?」
が、冷静で好ましい反応であり、その予測はほぼ間違いなく正しい。
物流業務には少ない要素しかない。
入庫入荷、検収計上、在庫管理、出荷梱包、配送管理。
これに付帯する仕組や手順の調整と規定が、台本の行間を埋めるト書きの役割を果たす。
業態や企業ごとの物流業務の違いは、セリフの言い回しや行数や場面変転の回数だけだ。
出し物が変わっても、ハコは同じところを使うし、制作者・演者はそれなりの舞台道具や演出技術で物語をつくりあげる。
観客は何よりも、おもしろいか否か、を第一に据える。
同様に顧客は、滞りなく正確か否か、にしか目を向けない。
興行主や劇場や監督・スタッフ・演者・演目が変わろうとも、「舞台という約束事」は基本的に同じはずだ。
そして、裏方の諸事も毎度変わらずに、いくつかの足し引きを按配しながら進められる。
まさに物流業務と同じである。
照明輝き演者が舞い、観客が楽しみ、裏側で黙々と進行を支えるスタッフが汗をかき、その進捗を見守る管理者がいる。
製造業なのか商社なのか店舗販売なのかECなのか。
それは舞台上での演目の違いに過ぎない。
五体五感を働かせて、裏方は舞台を支える。
物流は単純だ。
入ってきたものを保管し、必要な分だけをそろえて出荷配送する。
これだけである。
奇妙な分岐や並列化は一利にもならない。
余計なものを削ぎ落せばすべて同じになる。
それがプロの現場観であり、唯一ですべてなのだと思っている。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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