ひょっとしたら過去にも同じような質問をしていたらご容赦のほど。
「床の掃除・補修は専門業者任せですか?」
という問いに対して、「掃除について」の回答で最も多いのは、
「大がかりな清掃は専門業者。日々のモップ掛けは5Sに含まれている」
を共通回答として、さらにこの数年で増えてきたのは、
「埃や小さなごみなどの清掃は、夜間に自動運転の掃除機がやってくれる」
である。
たしかにいくつかのメーカーから施設内清掃機器が発売されており、中には自動運転や乗車型の大型清掃機まで多彩な品ぞろえとなっている。
メーカー自らか代理店が工場や倉庫などの施設に営業活動しているため、読者諸氏の多くからは「何社かの清掃機器を知っている」や「デモをしてもらった」「実際に導入している」などの声が上がるだろう。ひと昔前のように朝礼後の10分間を清掃タイムに充てる事業所は漸減していることも事実だ。人手不足は四方八方のあれやこれやに影響大、というわけであります。
ひと昔より前の大昔のハナシで恐縮だが、名門やら老舗と謳われる事業者の倉庫には蔵人や職人と呼ぶにふさわしい熟練の現場統括や作業責任者がいた。
大規模な営業倉庫や自社倉庫なら荷主別や事業部別の区画ごとに担当者が定められており、それぞれが責任と誇りをもって自分の担当する区画を管理していた。
いうまでもなく庫内における各区画どうしの競争意識はとても高い。
作業精度や作業効率はもとより、清掃や挨拶や備品管理に至るまで「うちの区画が一番」という自信と自負をもって日々業務に勤しんでいた。
大袈裟ではなく「定規で測ってもここまでは…」と唸るような「縦横垂直天面の全部がツライチ」という芸術的整然さや、手書きながら活字よりも美麗な現場台帳――入出荷と在庫の履歴さらには区画見取図や看板別保管明細など、が記された帳面――を目にするたびに、はたして自分はここまでできるようになるのだろうか?と内心寄る辺なくなったものだった。
清掃が行き届いているのでチリ一つ落ちていない――手帚(てぼうき)とチリトリ、固絞りの雑巾と乾いた日本手ぬぐい、長柄・短柄のパタパタ(はたき)で丁寧に清掃し、仕上げはモップでつやが出るまで、、、は毎朝のアタリマエである。それから、資材・備品置き場やごみ箱の設置についても作業手順から突き詰めて「位置決め」がなされている。
ロケーション掲示札やパレット前看板の規格・意匠の統一と水平・センター出し、棚マスのタテヨコピッタリピッタリ、マス内の保管品整理整頓。その維持に必要な治具の自作。
さらには、週末か祝祭日前のある日突然に、
「床がちょっと汚れてきたから、今日の循環棚卸後に塗るからな」
と区画親分の指示が飛ぶ。私の眼には「えっ?どう見てもピカピカとしか思えないけど、、、“ちょっと”どころかぜんぜん汚れていないぞ」と映るし、他者でも同様の感想だと思う。
しかしながら道具やら段取りは常に万端整っているうえに、居合わせた誰しもが小声でハイと返したり、小さくうなずいて反応し、すぐに各々の仕事を続ける。
つまり日常のルーティンのひとつでしかないのだ。
塗装の翌朝に乾燥を確認したら、仕上げの区画線引きである。もちろん始業時にはすべて終えるように休日か早朝から作業するわけであるし、親分によっては「今夜は泊まり」とする者も少なからずいた。まだ庫内にも徒弟的つながりが濃くあった頃のハナシなので、現在の労務ガチガチ環境に照らすのは意味がない点をお汲み取り願う。
固有名詞を出して褒めちぎりたいのはやまやまだが、私の思い入れがその倉庫の「過去の汚点」や「昔とはいえひどい人扱い」などと外野から石が飛んでくるようなことにならんとも限らぬので、このへんでやめておく。最初に物流現場に接した二十代から平成の半ばごろまでは「現場の親分や親方」があちこちの倉庫にいたが、その多くは「おっかないオッサン」だった。
おっかないオッサンのもとにはリフト職人や梱包職人や備品管理職人や事務職人が居並び、優良倉庫と謳われる事業所は玄人集団の極みだった。
なので新人が入ってくるといわゆる“下積み”期間が設けられ、いくつかの基本行動と作業知識の修得が課された。時にはつらく、相当に厳しい見習い期間を経て、惚れ惚れするような新たな玄人が庫内で活躍するようになる、、、という昔ばなしに興味のある若い物流人がいてほしいなぁ、と小声で願うワタクシである。
「ムラなく塗って、ピカピカに輝くまでモップ掛けし、まっすぐな見切線を引いて完成」
そんな声が客先の庫内で聞こえてくることはもはやない。
引いてあるまっすぐな黒い線の先からAGVが連なって向かってくる。
かつての蔵人たちの不愛想さや粗野には微笑で返したくなるものだったが、昨今のりっぱな倉庫建屋内で目の前を通過する自動運搬機の不気味さには苦笑すら浮かばない。
なんていうオッサンの独り言は誰にも聞かれないように気を付けねば。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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