物流よもやま話 Blog

うちの倉庫はダメだよな【7】

カテゴリ: 余談

― 承前 ―

【いつから・誰が・なぜ】

いったい何時間経ったのだろうか。
腕時計をしない自分が恨めしかった。
梱包ラインにしか掛け時計を設置していないので、このままでは時間を確認する術がない。
スマートフォンは事務所に置いてきたままだ。
汗で全身が湿っているし、喉が渇いて声が出にくい。脚と腰がだるくて、静止したまま立っているのが辛かったのはおそらく2時間過ぎたあたりのことだったと思う。今ではマヒしてしまったのか、かすかに浮いている感じだ。
しかし、社長の質問と指示は止まず、隣でB課長は録音しつつメモを取っていて、やはり汗みずくでシャツがへばりついている。

低いのによく通る声が、各棚やパレット、サポートの前から飛んでくる。
ひとつ答えるといくつかの質問が再び返ってくる。
「なぜ?」という単純な問いに明確な理由を返せない自分の無能と甘さを痛烈に思い知った。
こんな体験は初めてだった。
あきらかに私は動揺していた。
倉庫内で自分よりも的確で矢継ぎ早に発言する人物を目の前にするのは久しぶりだった。
これほどの端的で具体的に掘り下げた質問や指摘の連続など初めてだった。
恩師である元専務よりもさらに速く鋭い言葉がとどまることなく連続する。

丁寧に庫内を巡回視察し、あとは取り置き品や販促用の仕入添付品の保管スペースを残すばかりとなった。
私はずいぶん前に気力が衰え始め、最後の休憩からいったい何時間経ったのかばかりが気になっていた。
社長への直訴が叶う夢のような時間だったはずだが、現実にその時を迎えた今の本音は「はやく終わってほしい」だった。
そしてまた社長から質問が発せられた。

「どうしてこんなに取り置き品があるのかな?」
「入荷情報が不正確で、欠品回避のために営業が自衛しているからです」
「なぜ不正確になるのだろうか?」
「自社工場、外部工場ともに、納期の約束事が甘いからだと思います」
「なぜ甘くなるのか考えたことは?もしくは商品本部に質問したことは?」
「工場によって事情がさまざまだからやむを得ない部分がある、とは説明されていますが、それ以上は深掘りしていません。他部署のことなので」
「他部署?しかし今この場所で取り置き品が山積みになっている。ここは倉庫、つまり物流部内だよ」
「仕入と納期管理は商品部、受注と納品は営業部がそれぞれコントロールしています」
「だから?」
「したがって、倉庫現場では取り置き品の解消や削減ができません」
「なぜ?」
「権限が与えられていないからです」
「物流倉庫内を正常な状態に保つ権限、という意味かな?」
「直接ではありませんが、結果的にはそうなります」
「いつから?」
「すっと前からです。私が入社した時にはすでにそうだったと思います」
「それは違うはずだよ。そもそも物流倉庫内で起こる全ては物流部の責に帰すはずだ」
「・・・しかしこの10年以上、特にバラ販売が始まってからはそうなっています」
「なぜそうなってしまったんだろう?」
「わかりません」
「わからない?知らぬ間にそうなっていて、気が付けば取り置き品が山積みになっていたと」
「はい、そういわれても仕方ありません。少しづつ増えて、今ではこの有様です。ご指摘やご質問のあった他の区画と同じく私の責任です」
「誰の責任かは重要ではないよ。まわりまわって形を変えながらお客様にも工場にも無駄や無理のしわを寄せているはずだ」
「・・・それは、、、そうかもしれません」
「お客様に対する商材やサービスの不備はあらゆることに先駆けて解消しなければならない」
「はい、わかっています。申し訳ございません」
「欠品防止のために必要以上の仕入のあげく、余剰在庫のリスクを経営に、または契約工場への一方的な自己都合による返品という不条理な負担を発生させる羽目になるこの状態は、顧客サービスのためには不可抗力だと考えているのかな?」
「いいえそうは思いません。しかし商品部と営業部で調整してもらわなければ解決できないと思います」
「君は提案書の中で部門間調整こそ不明瞭さや複雑な業務実態を育む諸悪の根源だと主張していたし、私もまったく同感なのだけれど、今の君の発言は矛盾していないかい?」
「はい、申し訳ありません」
「叱責しているのではない。質問しているんだよ」
「矛盾のまま今に至るです。恥ずかしい限りですが正解を教えていただけないでしょうか」
「その前に、君はどうすべきだったと考えているのかを聞かせてくれないか」
「入荷情報の修正幅にルールを設け、売り越し受注の引当に際しての納期情報のコントロールを物流部で行えば改善すると思います」
「修正幅を設ける理由は?」
「製造工場によっては生産キャパが小さく、繁忙期には納期管理が不安定になるからです」
「それで?」
「したがって、規定在庫ラインを大きく超える受注とタイトな納期については、商品部経由で工場に確認が必要です。できれば回答日から後ろに数日間の余裕をもたせて、納品予定を立てるべきです」
「そのとおりだね」
「はい。物流部でそのようなガイドラインを設けて、各部署に通知すべきでした」
「それはずいぶん前に通知されているし、私が営業部にいた当時は取り置き禁止だったよ」
「え?」
「通知内容を無断で違えて、営業や仕入担当が倉庫現場に取り置きや、先入先出を無視して次回入荷品の実取り置き指示なんかを出そうもんなら、Fさんが鬼の形相で文句言いに乗り込んでくるので、商品部や営業部は震えあがっていたからね。
どの会社でもいつの時代でも、営業は自分の顧客優先で行動するものだよ。
商品部は製造工場の事情が分かっているから、どうしても杓子定規に是々非々を押し付けられないものだ。協力工場は身内同然だから、不正ではなく斟酌はあってしかりだ」
「それを理解しながら、専務が両部署にルール徹底を?」
「そう、そういうルールだったはずだし、当時は恒常的な欠品も取り置きも客注キャンセル品の放置もなかったはずだよ」
「そんなはずは・・・それは専務だからこそ他部署を抑えることができたのだと思います」
「そうだとしても、それはFさんの役職権限がなせる力技なのだと思うのかい?」
「いえ、役職だけでなく、人望や説得力が私とは雲泥の差です」
「うちが正義や正論が役職や人格に影響される会社なのだとしたら、私は社長失格だ」
「誤解です。私が申し上げたいのは、保身や対面を優先して本筋を曲げたことへの自責です」
「君だけの責任ではないし、そういう意味なら最高責任者が一番断罪されるべきだろう」
「・・・・・」
「B君が管理部に異動した理由は、そんなことが社内に増えてきたから、一番全体を観ることができる部署で実態を把握してもらうためだ。現在の社内で最も多くの顧客に近く、最多数量の商材を販売しているから、適任だと考えたんだよ。彼自身も課長職に就いて以来、営業部内でのいびつで不穏ともいえるいくつかの動きの根元を探り当て始めていたし、その確証と原因の全容を明らかにするために、管理部か商品部への異動希望を内々にうけてもいた」
「実態把握とは?」
「なぜ仕入商品の入荷と在庫計上に時差があるのか?なぜ取り置き品が多発しているのか」
「それから特注品や番外品のキャンセルをそのまま受けていますが、なぜ顧客負担を交渉しないのか、もです」
「そのとおりだね。それがいつからなのか?誰が指示して誰が認めているのか?なぜなのか?そこを明らかにすべきだ」
「詳しくはわかりません」
「それは私の仕事だから、君は現場が正しくあることを徹底してくれればいいんだよ」
「はい」
「わが社の掟、というのがあってね。君は聞いたことがあるかな?」
「はい、専務に教えていただきました」
「あぁそうか、君はFさんが育てた最後の管理職だったね」
「新入社員時代から3年目まで部下として働かせていただきました」
「そうか。だから ‘ うちらしい ’ 立居振舞なのだね」
「?・・・・・」
「では尋ねるが、わが社の掟とは? B君は知らないだろうから、この機会に教えてやってほしい」
「 ‘ 本当のことを貫く ’ です」
「そうだね。君は掟を守っているかな?」
「私は、、、破ってしまいました」
「なぜ?」
「保身と体面のためです」
「それは誰でも同じだよ。わが身かわいく見栄っ張りなら私の右に出る者はいない」
「しかし私は、、、」
「保身や体面にこだわることと、掟を破ることは別物ではないのかな」
「・・・・・」
「君の説明を聞くと、商品部や営業部の専横が思い浮かぶが、今までに何度ぐらい掛け合ったのだろうか?」
「数年前まで事案発生の都度に私からメールでの依頼。まとまった改善提案書は部門として要望申し入れを試みましたが、それはある時期から前部長の許可が出なくなりました」
「直接のメール申し入れは数年前まで?それは何年までか覚えているかな?」
「はい。3年前までです」
「それ以降は直接メールはしていないんだね?」
「はいそうです。提案書は部長名で部門として申し入れるべきだと考えました。私の名で起案し、部長承認という書面は久しく発行していません」
「理由としてはそれだけかな?」
「いえ、商品部からうちの部長にメールに対するクレームが申し入れられたことと、●●常務からも部長に直接咎める内容の言葉があったと聞いたことが最大の理由です」
「部長に迷惑がかかるから?」
「そう思いましたし、それ以上に役員からの不評や部門間摩擦は避けたかったからです」
「後任のGさん、、現物流部長は一連の件について君に何か?」
「いえ、一切ありませんでした」
「怪訝に感じたのでは?」
「怪訝というより ‘ さもありなん ’ と思いました」
「なぜ?」
「誰にももの申さず、つかずはなれず、さしさわりなく、が部長のスタンスだからです」
「ずいぶん手厳しいね。君が課長、、つまり部内のナンバー2になってから部門長は二人目だが、両名とも商品部や営業部への要望申し入れを認めなかったわけだね?」
「先代の部長は最終的にそう変節されました。今の部長は最初からです」
「理由は?」
「お二人とも “ 先にやるべきことがあるから、そのあとにしよう ” でした。
前部長は着任当初、私以上に改善提案の申入れに積極的でしたが突然態度を変えられて、今の部長と同じ内容の言葉を繰り返されるようになりました。それから間もなく異動されました」
「二人の部長が言う ‘ 先にやるべきこと ’ とは?」
「具体的な説明はありませんでした。私には他部署との摩擦回避のための先延ばしとしか思えませんでした」
「先延ばしすれば、それだけ業務改善が遅れることになるわけだが、、、」
「はい、そう思います。ですから何度か食い下がりましたが、“もっと庫内の環境整備と作業手順の見直しを徹底しよう”、という内容の返答でした。それが‘先にやるべきこと’の全容なのかまでは私にはわかりませんでしたし、掘り下げて質問もしませんでした」
「先に環境と作業の再考を、か。具体的には?」
「誤ピックや棚入れ時のミスが在庫差異の主要因になっているので、それを防止する方策。入荷情報を在庫表に紐づけて、実予定日から遅れる場合には赤字や網掛けなどで警告、規定の許容遅延日数が経過する前日には営業部に個別通達、商品部に欠品警告、管理部には至急のマスター反映、その際の伝票処理は赤黒ではなく納期未定への変更でつなげること、などです」
「ならば、かなり改善効果があったはずだが」
「結論から申し上げると、アナログ作業が続く限りミス防止策は効果を望めないので、抜本的な改善案はなく、方策実施もできていません。入荷データのシステム反映には商品部と営業部の協力が不可欠ですがまったく期待できません。やむなく他の方法を模索してきましたが、効果的な方策には未達のままです」
「それは結論なのかな?」
「はい、現状ではそうなります」
「だから君は改善報告書にあった、仕入時の製品パッケージの小分け化と完全デジタル化、商品部から各工場への納期厳守通達とキャパシティの事前確認の入荷システム反映、営業の受注引当時の特番や仮伝発行の部長決裁・本部長確認、営業担当者による実取り置き処理の現場事務及び担当社員への個別交渉禁止、を提案したんだね」
「そうです」
「もう一度訊くが、現状では今の入出荷作業・在庫管理の品質が限界、は結論なのかな?」
「そう考えています」
「部長はアナログでの改善余地はまだ残っていると考え、他部署への申入れ前にやるべきことがあるという意で君に話したのではないのかな」
「しかし、現実には現場改善は万策尽きていますので、いたずらに時間が過ぎるだけです」
「万策尽きている、、、それは会社の明日を諦めた経営者が口にする方便だよ」
「・・・・・」
「少なくともわが社の現状では、全部署内で万策尽きることなどないはずだ。いろいろ歪みや軋みや痛みが出始めているのは、長く優良企業の椅子に安楽なまま腰かけてきたツケが回ってきているだけで、内部にぜい肉化した利益の元が厚くなって放置されている。この20年間余りに至る以前、倹約のために工夫したり、将来への野心を内に秘めて我慢したり、正しいことを正しく続けるために歯に衣着せぬ物言いをしたりは社内の常だった。それが徐々に少なくなったなれの果てが今の状況を生んでいる」
「・・・・・」
「君の提出した改善提案書だが、ほぼ同じ内容の素晴らしい書面がすでに社内にあるよ」
「えっ!?」
「今から10年ほど前に、商品部から業務改善提案書と予算稟議があげられていて、それは今も否認ではなく保留のまま、先代の社長から私に引き継がれている」
「・・・・・」
「そして引き継いだ私も ‘ 保留 ’ という判断を支持しているよ。今のところは」
「なぜなのでしょうか。なぜ改善案は保留されたままなのでしょうか?」
「それは先に君と同じ思いで同じ中身の改善提案書を作成した本人に直接尋ねてみればいいと思うよ」
「商品部のどなたですか?」
「今は商品部ではなく、物流部にいる」
「えっ!」
「Gさん、つまり物流部長に直接訊いてみたらどうだろうか」
「部長がすでに似たような改善計画を、、、だったらなぜ・・・」
「すべての答は君の足下や目の前にあるのかもしれないね」
「そんな・・・」

「今日はこれぐらいにされたほうがよろしいのではないでしょうか」

沈黙のまま、メモを取りつつ社長と私を交互に見つめていたB課長の声が庫内に響いた。

「もう日付が変わっていますので」

- 次回へ続く -

【2021年4月28日追記】
本連載ですが、後半部を相当に加筆修正した内容で2021年2月1日からLOGISTICS TODAYにて14回の連載となりました。より読みやすくなっていると自負しておりますので、そちらをお楽しみいただくほうがよいかもしれません。

「うちの倉庫はダメだよな」第1回コラム連載

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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