物流よもやま話 Blog

不意の回想 ― あの時あの場所で

カテゴリ: 本質

「どうかこらえてください。続ければ手が後ろに回ります」

そんな過去の一場面が突然脳裏に立ち上がり、しばらくして消え去った昨夜だった。
ちなみにこのような不意の回想は珍しくも稀でもない。時と場所と相手を変えて、いくつかの出来事の記憶が切り取られてよみがえる。
今では慣れてしまって「あぁ、またか」ぐらいにしか感じないが、繰り返される場面や言葉の背後には、自分自身の何らかの心象が残存しているのかもしれない。しかし、それを具体的にとらえて、言い表したりすることはできないまま今日に至っている。

振り返れば、たくさんの荷主との出会いや出来事があった。
業種職種を選ばず、業務上のトラブルや辛苦の経験が仕事の履歴に重なり積もってゆくのは誰しも同じだ。映像や音声となって過去の場面や言葉などが何の前触れもなくよみがえるのは私に限ったことではないだろう。かといってその一連を滅多に口外することなく自身の中に秘しておくのも、やはり読者諸氏同じではないかと察する。
以下は匿名性を保つために少しだけ内容をゆがめて書くが、本意は伝わると思っている。

「〇〇〇社の方が先ほど営業所にやってきて、A社の在庫品を持ち帰ると言っています」
切羽詰まって困り切った声の電話を受けたのは、出先での商談が終わった直後だった。
電話の主は倉庫営業所の所長だった。経験も実績も豊富な彼の動転ぶりからして、現場が尋常ではない状況であることは推して知れる。
「今からすぐにそちらに向かうから、〇〇〇社の人には事務所で待つように言ってくれ。庫内へは絶対に入れてはならん」
と伝えて、現場へと急いだ。
A社の破産手続き開始の報せが〇〇〇社にも届いたのだろう。自分の会社に配達されたのもつい3時間ほど前のことだ。
さすが老舗の大問屋だけのことはある。動きが早いだけでなく、違法承知で混乱の始まりの最中に、まずは倉庫に荷を押さえにやってくるあたりは海千山千ではないか――営業所へと向かう車中でそんなことを部下と話したおぼえがある。

私たちが到着した時には、所長や社員の制止を振り切って、〇〇〇社の3名が倉庫内に入って保管品の引き上げにかかろうとしていた。
近寄って声をかけ、自己紹介する私。
そして「お気持はわかりますが、一度手を止めてお話し願えませんか」とできるだけ穏やかに言葉を継いだ。
3人の中で最も上席とおぼしき人物が大股で私に近づき、おもむろに名刺を出しながら、
「〇〇〇のBと申します。一昨日A社用に納品した品物と配送品の受領控えを引き取りにきました。ご迷惑はかけませんので、このまま作業させていただきたい」
と早口でまくし立てるように言い放った。
そして私の次の言葉を待たず、彼等は作業を再開した。

その背中に投げかけたのが冒頭のセリフだった。
ふたたび振り向いた最上席者の絞り出すような説明が今も耳に居残っている。
「一昨日納めた分まで含めて、5000万円以上未払いがある。せめて自社品だけは回収させてくれよ。倉庫屋さんには迷惑かけないから」
怒声のようでもあり、嘆きのようでもあり、縋(すが)るようでもあった。
破産法と倉庫業法の留置権を説明してようやく引き取ってもらったが、毎度ながらやるせなく辛い時間だった。
彼の名刺には取締役とあり、老舗の衣料問屋の叩き上げらしい風貌が今も印象に残っている。

〇〇〇社の役員とのやり取りをときおり想い出す理由はわかっている。
対面する相手と私は、「A社との今まで」について、本質的に同じだと悟っていたからだ。
恐らく彼は通常の自社与信の基準を超えた取引を敢行したのだろう。
それはA社の若い経営者を好ましく感じ、A社のブランド戦略をユニークで魅力あふれるものと判断したのかもしれない。
だとしたら、読み違えたのは私も同じだった。
唯一違っていたのは、倉庫屋の習い性として預かり在庫の換金性と処分想定額の試算をふところに忍ばせていた点だけだ。他の荷主同様に杞憂・無用となることを前提とした下準備に過ぎなかったが、それが不幸中の幸いとなったに過ぎない。
面前にいる苦衷と混乱の最中にある取締役の責を負う人物は、巡り合わせが少しでもずれていれば私自身の姿になったはずだ。
ゆえに、荷主の経営破綻という最悪の事態の顛末よりも、老舗問屋の役員との会話が心の奥に居ついて離れないのかもしれない。いい面構えの押し出し強い人物だった。
できることなら荷主と倉庫屋の立場で会いたかった。

当時から今に至るまでの長い時間、褪せることなく記憶が巡るのは、その人物の物言いや行動力に共感と好感を抱いたからだろう。
あの時に庫内で起こった出来事の映像と交わされた数行の言葉。
またしばらくして不意に思い返すのだと思う。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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