物流よもやま話 Blog

自尊心は知恵と工夫の母

カテゴリ: 本質

今さらながら基本は大事。今よりも道具や機器に恵まれていなかった時代の物流人たちがいかに偉大だったのかを改めて痛感したのは先日のことだった。
簡単なようで実は難題かもしれないという、どの会社の誰にでもあてはまりそうな内容かと思うので、読者諸氏も自分事としてお考えいただければ幸甚だ。

高額な機材を用いず、倉庫内に30~50m程度の真っ直ぐなレイアウト基準線を何本か引くにあたり、「簡単・迅速・安価・正確・耐久」を満たす方法はいかに?

という質問に対する最善回答を模索している。

・測量機や道路工事などに用いるプロ用の機器は用意できない。委託などは論外。
・ホームセンターで必要な用品を購入するぐらいは辛うじて小口現金から出せそう。
・当日の業務終了後、残業にならぬよう留意。
・上記の厳しい条件ながら一切の妥協は許されず、「真っ直ぐ綺麗な線」を追求。

のような内容が社員各位からは出ている次第だ。
皆が決意の言葉を言い切り、その後に無言のまま私の顔をじっと見つめる。
「いい知恵あるでしょうが、プロなんだから」と顔に書いてあるように感じるのは気のせいではないと思うが、絶対に目を合わせず、やや斜めに向いて遠くを眺めるふりをしつつ、どうやってこの場を凌ぐかに思案を巡らせる。
理想的には「誰にも頼らず、自助努力でやり切るのがもっとも誇らしいのだ!」と一念発起してくれることだが、向かいあう関与先の物流部員たちは私を視つつ微動だにしない。
まるで何体かの人型置物が庫内に置かれたような状態がしばし続く。

という非常に厳しい環境に私はさらされていたのだった。
皆さんならどうなさったのだろうか。沈黙は金でも銀でもなく「どうにもならない」と下げの後に「おあとがよろしいようで」とお辞儀して帰るわけにもゆかず、時間が過ぎても何も解決しないという袋小路状態。
想えばさらに数週間前には「1000台ほどある保管棚の天板面の埃掃除をするにあたり、簡単・迅速・安価・正確・安全な方法はいかに」という問いを投げかけられたのだった。
その時も積もった埃は掃除機で地道に吸引して後に拭き掃除、と答えた。
梯子をかけての作業は危険ゆえ、小型の垂直昇降型の高所作業車をリースするにもコストはかかる。そもそも操作するには技能講習修了が必要なのではなかったか?などと思案したりして、やはりあまり進んでいない。

というのが現状だ。
どなた様かお知恵を恵んでおくんなまし。

はたと気付いたのは、そもそも私は業務設計や作業手順の工夫のプロでしかなく、庫内整備やヤード等の手入れについては「口ばっかり」の典型なのだという事実だ。
だから偉そうに能書きを垂れ、他社事例をあれこれ並べて評論めいたハナシはするものの、いざ実演となると自分でも笑ってしまうような不器用さや拙さの連続になる。
能力以前に気質の問題が大きく作用しているので、こればかりはどうにもならない。

今はすっかり減ってしまったが、ひと昔前には「蔵人」という表現がぴったりのベテランや中堅どころが物流現場には数多くいた。
たとえば倉庫内作業にしても、神業としか言いようのない繊細で正確なリフト操作の技術を有する強者は老舗倉庫なら必ずといっていいほど在籍していた。
かつ庫内整備の厳格さは現在の比ではなく、倉庫入口に立った時、まるで定規で線を引いたように棚やネステナーやパレットの面が揃っていた。相当に古いながらも手入れが行き届いた庫内では、磨き込まれた床面と塗装などの補修が怠りなく施されていた。綺麗な壁面、ゴミや埃のかけらすら見当たらないのはあたりまえで、床壁や什器備品の手入れは全部社員自らが塗装したり補修手当を行っていた。若手社員は先輩たちの指示に従って黙々と作業をこなし、やがて自身も指示する側へと成長してゆく。
他部署の社員からすれば、そんな現場は畏怖や恐縮を感じて止まず、庫内に入ると緊張してしまう。それぐらい物流現場は玄人のこだわりや自尊心が生み出す空気に満ちていた。
曲がったり汚れていたり放置していたりはすべて「恥ずかしいこと」であり、見過ごしや油断で一刻たりともそのような状況が看過されていれば「情けない」と唇噛んで自責からくる怒りで肩を震わすような蔵人は少なくなかった。

「どうしてお前は身近にいた玄人たちにもっと質問したり、教えを乞うという意思や機会を持たなかったのだ」と心から後悔している。無形技術遺産としても、蔵人としての立居振舞を伝承する際の事例としても尊いことは疑いない。愚かな自分自身が恨めしく残念で仕方ない。
蔵人のいる現場では、長尺のメジャーと凧糸や細身の角材ぐらいしか使わずに、庫内縦横に真直ぐな基準線や区画線が引かれていた。そしてそのような作業をしているのは若手社員と決まっていたが、中堅以上は訊かれれば答えるが、基本的には手伝いも監視監督もしない。引き終えたその線に沿って棚やネステナーを置くのは新入社員か2年目ぐらいの若手だけだった。

他方で、中堅以上は目測でならべてゆく。
その仕上がりは定規で描いた線画のように揃い並ぶ直線美の連続。
数多の場数や年季入りの熟した技であることは承知しているが、それに加えての隠し味的な何かがあるような気がしてならない。
あえて言葉にするなら、おそらくきっとプライドという表現になると感じている。
自分との約束、と書けばよりわかりやすく深みが出るような気がする。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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