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コボットの惑星 第6章 世界最古の宗教

カテゴリ: 予測本質

6.世界最古の宗教

PLANET OF THE APES (猿の惑星)は全5作シリーズの第1作が1968年に封切られ、後続のSF映画に今もなお大きな影響を与え続ける偉大な名画だ。
その詳細な説明は蛇足にしかならないだろうから割愛しておく。
本稿を書き始めるにあたり最初に浮かんだのは、未来のとある惑星に不時着したテイラーが視た光景。さらには水先案内人の役割を担うジーラ博士とコーネリアスの戸惑いや猜疑。
そして最後の場面で明らかになる「本当のこと」だ。
絶望と悲嘆にくれるテイラーの後、ナウシカという少女が現れ荒廃した大地を往く、、、というのは独り言と夢想が過ぎるというものかもしれない。

■進化と弁え
名画の説明をしたいわけではないが、半世紀以上も前に制作された物語には、今と今からを示唆する視点や予見が多い。
さらにもうひとつ映画のハナシを挙げれば、バックトゥザフューチャーで「あなたカルバンっていうの?」と着替えている未来の息子に尋ねる若き日の母親――パンツに名前を書いているかのようなブランド顕示は滑稽で幼稚ですよ――という強烈な皮肉をジョークに置き換えている程度なら気軽に楽しめる。
しかしAPESの物語は、あまりに冷静で的確で含みが多すぎるので、笑顔ではなく蒼白に強張り、固唾をのんでは唸るばかりだ。
核兵器がもたらす世界のなれの果てを描いた物語は、その道具立てを入れ替えれば、さまざまな分野の行く末に警鐘を鳴らすことができるし、開発者や事業者の戒めと自制を失しないための拠り所となる。
もしこの偉大な映画にたとえるのなら、現代の物流業務に係る面々は、いったいどの役割にあたるのだろう。
仮にどの役が割り振られたとしても、各自は異議や不平を唱えてはならない。
謙虚や真摯に「なぜ自分はその配役なのか」を考えるべきだ。
ちなみにどの役につこうとも、誰一人としてヒーローはいない。
それどころか勝者や正義も姿をみせぬまま物語は終わりを迎えるが、結論を提示したり、示唆するものではない。
どうしようもなくなった世界で、どう考えてどう行動するのかを出演者に投影した自分自身が問われている。
進化や豊かさの果実はどんな味なのか。
賞味する前に、弁え(わきまえ)という前掛けを備えておいた方がよさそうだということは、全員が感じていることだろう。
「PLANET OF THE APES」でのジーラ博士とコーネリアスは、語り部に姿を変えた《探求と良心の化身》である、というのが私の解釈だ。
以降は自身がその役割を担うつもりで書いてみたいと思う。

■進化教という世界最古の宗教
物流業界に類する「現業」とひとくくりにされている労働形態の場所は、近未来でも存在し続けるに違いない、
そこは生産性という念仏の合唱が止まない「進化教」という世界最古の宗教を信じる者たちが集う聖地となっているはずだ。
「このままでいい」「少し休みたい」は異端者の言葉であり、ただの一度でも発言しようものなら、即座に教団の幹部候補からは外されてしまう。さらには、すぐに懺悔して改心しなければ厳格な矯正プログラムによって再教育される。
「本当の豊かさとはこんなことではない」などという言葉は異教徒として糾弾され、すべての保証を解除された後に聖地から追放される。
しかしながら、教団の教えどおりに行動していれば、経済的にも社会的にも一定以上の約束が得られる。

■約束の地
進化することは素晴らしいし、効率や合理的という言葉は「おはようございます」「こんにちは」と同じぐらい生活の中であたりまえとなっている。
非効率や非合理は、挨拶をしないことと同様に礼節を欠く非常識の典型となじられる。
場合によっては集団への帰属意識が欠如、もしくは反社会的だと批判されるに違いない。
毎日毎時間、教義である「合理的」「効率化」「技術革新」などを叫んでいれば、皆が幸せになれるし、「約束の地」へと導かれる。
最新の移動用自律モビリティに高層マンションのIot三昧の広い部屋。子女教育の高水準化や文化芸術への造詣深化などを確保・維持できる高賃金は教団幹部に与えられた権利だ。
そのためには、コボットとの相互理解や指摘への従順な迎合、それから「警告」「強制処理」などのマイナスポイントを発生させないようにしなければならない。
そのコツは、ひたすらにコボットの行動パターンや思考回路を理解し、先回りして準備しておくことだ。
そういう地道な努力こそが、約束の地と呼ばれる究極の合理的世界で何らかの立場を与えられるための条件なのだ。

■評価者の評価
達成率や成長率、安定性や動作精度などの偏差値化されたデータは、終業後の毎夕に自身の端末に送られてくる。
教団幹部はその集約データの平均値や向上率をもとに、評価を行う。
評価自体はプログラムに必要情報をインプットすれば瞬時に確定できるのだが、人によってはある日突然、管理者権限でのシステムログインができなくなってしまう。
評価情報の作成や所見の内容に、管理者としての能力未達やその他の不適格要因をAIが見出したからに他ならないのだが、その方法論や基準はブラックボックス化されていて、人間のレベルでは解明できない。
噂では「数多いAIを統括する上位AIが存在し、その最上位には、自然増大した測定不可能なほどの巨大プログラムを集積した頂点に在位するAIがあるらしい」とのことだ。
普段は存在を感じさせないので、人間もコボット達も、無意識のまま日々を過ごしているのだが、はたして自分たちがどういった命令系統や評価基準で配置されたり、異動したりするのかを具体的に説明されることはない。
そんなことを考えたりせずとも、毎日の仕事はつつがなく終えられるし、そうしていれば生活も保証される。
自分たちは評価する側にいることは明らかなのだが、それがどの階層なのかは不明なままだ。したがって、周囲の上司や部下以外の、各階層所属者を相対的に認識することはあっても、俯瞰的に眺めてみることなど叶うものではない。
「自分から上下に何階層あるのかを知る者など、この世界にいるのだろうか?」
というのは教団信徒の偽らざる本心であり、内心での不安でもある。

■違和感と安寧
もし進化教の支配する世界に、2021年の古代人――仮に名をテイラーとする――が紛れ込んでしまったとする。彼が古代から携行してきた無用に大きい「ノートPC」とかいうおもちゃにもならぬ野暮ったい二つ折りの器具に収められている映画やドラマなどを、進化した人々にこっそり紹介して、皆で鑑賞する。
そこにははるか昔に発禁化された作品の数々――人間が汗水たらしつつ、間違えたり、不手際や無駄を繰り返していたりしていた時代に、「いやし」「いきぬき」といった死語がちりばめられた物語――があった。
進化教を信じて生きてきたジーラやコーネリアスは、そのHDDの持参者であるテイラーの言葉や価値観を聴いて、なぜか安寧や平穏な心情に包まれる。
同時に、絶対的真理とされている進化教の成り立ちや行く末に違和感を抱く。
約束の地から追放された者たちが集うという禁断地帯に、違和感の起源があるように思えてしかたなくなる。
セキュリティの網をかいくぐり、帰る国を失う覚悟で、テイラーを伴って二人は禁足の場所へと向かう・・・

――のような物語を始めるには、私の筆力が足らぬ。
それ以前に、名画の稚拙な模倣で読者を退屈させるのは不本意だ。
分を弁えて、物流のハナシに戻したい。

―次回へ続く―

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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