物流よもやま話 Blog

差押えと差控えの修羅場

カテゴリ: 経営

物流の仕事をしていると、避けて通れない出来事の一つに企業の経営破綻がある。
完全な破綻もしくは破綻処理に差し掛かった時点で、在庫保管場所の倉庫にも作用が及ぶ。
荷主企業が破産手続を開始したり、債務不履行で債権者から仮差押え手続を執行されたり、法的な手続き以前に納品元が自社商材の回収を強制的に行おうとしたり。

その企業が自社倉庫運営ならば、在庫に係る債権債務の処理はその関与者だけで進むのだが、外部委託倉庫を利用している場合、少し事情が違ってくる。
倉庫業者が債権者に含まれているなら、「取分とその順番」に関しては関与する各債権者側の弁護士も破産管財人も後手に回らざるを得ない。
債務者である荷主企業に倉庫への支払遅延や滞納がある場合、もしくは倉庫との寄託契約書の解約条項に該当する事実が判明した場合、何人であろうがその荷物を一個たりとも動かすことはできない。
営業倉庫には留置権と先取特権が認められているからだ。

倉庫業法は長らく大きな改正がされていない古法の一つで、江戸時代の幕府御用達蔵にまで遡った諸権利を原型とする条項が今も幾つか引き継がれている。
一般企業の諸氏が「取引契約書」として交わしている倉庫会社との契約書は、我々物流関連会社には「寄託契約書」という認識の名称となる。
この場合「寄託行為」があるか否かが肝要で、例えばロジ・ターミナルと物流専門職養成プログラムの契約をしても、単なる準委任契約にしかならない。
要は「荷主企業の荷物およびそれにかかわる諸物を預託され管理し、荷役の提供を伴う契約」を指し示している。頻用語である倉庫会社への「委託」とは、正式には「寄託」という。
取引自体に何のトラブルもなく、取り決めが円滑に行われている状況では他部門の諸契約と何ら変わりなく、各条項の内容を特段意識することもない。
その特異性が発現するのは、支払い関係で滞りや行き違いが発生した時だ。

仮想ではあるが、具体的な事例を挙げて説明してみる。

(A社) 荷主企業(経営不振で破産処理)
(A倉) A社が物流業務を委託(寄託)している倉庫会社
(A銀) A社の取引銀行
(A弁) A社の顧問弁護士(破産申請人)

実際には登場者の数はもっと多く、紆余曲折が長引くケースのほうが多い。
説明の便宜上、流れをデフォルメしているので悪しからず。

A社はA倉に物流業務を委託している。
仕入先の大幅な変更や入荷品の品質悪化を危惧していたA倉は、A社の経常状態を不安視し、営業担当の役員を通じ婉曲に何度かヒアリングしてきた。
しかしながら、新規顧客の契約や銀行の支援強化が得られているので、現状の苦境からは間もなく抜け出し、来期には大幅に改善するというA社経営者の言葉を持ち帰るしかなかった。
危険は重々承知していたが、契約解除する明確な事由がなく、強引な値上げ告知による「退去勧告の暗示」までには踏み切れていなかった。
なによりもA社への請求額はA倉の総売上の中で大きな比率を占めるものだった。

そんな中、とある月初にA社の業務を担当するA倉の営業所にA銀行が裁判所の執行官を同行して突然訪問した。
入口で応対したA倉営業所長は、上司である担当役員に緊急連絡し、裁判所と銀行の訪問目的を説明した。
「A銀がA社在庫に対して仮差押えの手続きを・・・・・」
事態の概略を知ったA倉役員は、電話を裁判所の執行官に変わってもらい、「庫内への立入拒否」を告げて、その場をやり過ごした。
「差押え」手続きを「差控え」させる通告である。
その行為に理由は必要なく、一言「拒否する」と通告すればよい。
駄目押しするなら「本執行の事実を受け、当倉庫はA社との寄託契約を解除すると同時にその保管物を留置する」と宣言すればよい。
来訪した関係各位は、その場で撤収するしかない。
そしてその翌日、A社は経営不振により破産申請をした。
A社弁護士から債権者に通知が届き、A社の経営陣とは直接連絡が取れなくなった。

当日からA社取引先の数社がA倉の営業所を訪れ、自社納品分の回収を申し出たが、破産法に則り、A倉は全ての取引先の庫内立入りを拒否。
A弁には倉庫業法にもとづき、留置権と先取特権を告知し、A倉の債権解消の後に在庫移動、つまり在庫購入者への出荷業務を行う旨とその経費額見積を発行・提示した。
追記すると、見積書の保管料項目には「移動日当日までの保管実費」という脚注があり、他の債権者と異なり、債権額のうち保管料は破産申請後も保全費用もしくは財産管理上必要な費用として全額が認められる。

整理すると、事例によっては破産法よりも倉庫業法のほうが強い、ということがわかる。
破産財団の配当実行と財産移動を行うのであれば、倉庫への債務解消をしなければならない。
倉庫業者の留置権と先取特権とは、そういうものなのだ。
つまりは、倉庫への支払いを遅延・滞納すれば、有無を言わせず倉庫は在庫を留置できる権限が認められている。
滞納がなくとも、前述の事例のように、契約書にある解約要件に合致し、役務料金の回収が危ぶまれ、かつ荷主企業との契約継続と支払についての見通しが立たない場合には、自ら仮差押えを実行することもある。
何人も倉庫内に立ち入れないので、仮差押えの実行順位は一番高い。

また、自らの寄託料相当の債権回収については、すべての債権者にさきがけて最初に実行する権利を有する先取特権が認められている。相手が破産財団であっても。
荷を預かる倉庫業者は、債権債務のトラブル時において、最強の回収権を持っている。
諸事由による債権保全や回収の要といった有事の際、保管在庫の換金性は大きな要素。
眼の利く倉庫業者なら新規取引企業への見積提出前に「与信は低いが、万一焦げても何とかなるだろう」ぐらいの呟きはするはず。
もちろん無難堅調な取引が続くことを最上としているし、与信上ギリギリ評価であっても、回収リスクと将来性を見極めて、時には伸るか反るかの気構えで請ける。
従って、不義理されたり虚偽申告が判明したりした時の倉庫業者の対応はシビアになる。
床を抱える重い商売を続けるには「見切千両」が死活を分ける。
現実には「無欲万両」と微笑みながら頷けない事件が少なからず起こるからだ。

「倉庫と係争した際に、支払いを止めたり一方的に減額してはならない」
という理由はここにある。

法的処理もしくはその手続きに取り掛かるにあたって、破産企業の在庫が外部委託倉庫にある場合には、裁判所も弁護士も管財人も相応の処理を進める。
倉庫側の最大のリスク要因は、破綻企業つまり荷主企業の在庫が「換金性に富み、自社の焦げ付きを回収できるような処分額で引き取られるか否か」だ。
債権の買手は、手形決済が多かったひと昔前なら、名実ともに「バッタモン」になった商材を足もとを凝視しながら破格値で買い取ろうとする。差押えなら競売入札価格、破産後なら破産財団の管財人と価格交渉で。(破産処理では競売より任意売却のほうが圧倒的に多い)
それに加えて倉庫の未収金を肩代わり。移動するならその費用も。
買取額を妥結・清算して入手した在庫品を同倉庫に保管するなら、名義変更以後の保管料を負担しなければならない。

では、競売への参加者がゼロであったり、破産財団の管理する商品在庫および資材等などに誰一人買手や引取手がつかなかった場合はどうか。
倉庫は行き場ない「残骸」を破産処理が一定の結論に至るまで保管し続けなければならない。
多少の整理整頓による片付けや場所の圧縮(※)は許可されるが、勝手に処分はできない。
(※ 通路やパレット、棚などを外して、明細付与の梱包と積上げ保管など。この作業の善し悪しもケースバイケース。すぐに買い手がつくと予測できる場合、わざわざ圧縮することは回収可能な累積する経過保管料の一部を捨てることになる)
新規の引き合いがあっても、別の空き床がなければ、破産処理が終わり、荷がなくなるまで新しい仕事を請けられない。
破綻企業の現場に新規顧客を案内することを避けるなら、その場所は氷漬け状態となる。
(倉庫側だけでなく不動産業でいう「事故物件」的なイメージを抱く荷主企業も多い。
→ 縁起が悪い、ケチのついた場所などのマイナス感情)
焦げた床の「次」が決まるまでの期間中は未収状態が続く。
入金ゼロのまま先の見えない保管料金が毎日増えてゆくのを看過せざるを得ない。

「見切りたいが見切れない」のだ。
そして最悪の選択を決断する。
「在庫を最安値で買取処分し、次の新規にいこう」と。
損切り甚だしいばかりか、金銭面以外での心理的マイナスもついてくる。
次の新規への見立てが厳しくなるのは必定であるし、それまで会社が掲げていた綺麗ごとだらけのスローガンは折りたたんでしまいこまれる。
与信点数と取扱品の値踏みが新規獲得前の最重要事項となり、経営者の人柄や信条、そのマーケットの内でのドメイン評価などは二次的基準になる。
「取り返しのつかない事故」で生み出された赤い数字の取り返しに躍起となる。
修羅場の後、残された火事場の後始末に四苦八苦する時間がやってくる。

基本的に密室で終始するため、記したような事例は流布しない。
当事者たちは口にしないし、関与者も反芻したくない。

今までもそうだったが、今からも一定数の事故は発生する。
当事者になどなっていただきたくはないこと当然であるが、ステークホルダーとして不随意に関与してしまうリスクはゼロにできない。

経営上の予備知識として、抽斗の奥にしまっておくことをお勧めする。

 

【2019.6.3追記】
営業倉庫の諸権利についてであるが、非登録の倉庫で上述したような事故が発生した場合も、通例として倉庫業の特権が行使されることが多い。
もし倉庫以外の債権者から、行使されている留置権や先取特権について「非営業倉庫には行使できない権利」という異議申立てがなされた場合、裁判所はどういう判断をするのだろうか?債務者財産の一部を占有する債権者のひとりにすぎない、という認識が正しいのでは?と思うが、どうだろう。
私の知る限り、破産申立人も管財人も当該倉庫建屋の営業倉庫登録の有無などノーチェックで倉庫側の主張を真に受けることがすべてだし、仮差押えなどの際に裁判所から派遣される執行官も同様である。(営業倉庫については「倉庫会社の正規と非正規」をご参照ください)

倉庫会社の正規と非正規


非登録倉庫に倉庫業法は適用されないのではないのか?が単純な疑問なのだが、このあたりになると法律屋さんの領域になるので、これ以上の深掘りはやめておきたい。
餅は餅屋にお任せしたいと思う。
(この記事をお読みいただいた専門家からのご教示は大歓迎であります)

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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