物流よもやま話 Blog

新最低賃金の先に視える明日

カテゴリ: 予測

今年の最低賃金目安が妥結した。
当初の予想通り全国加重平均で31円増の961円に落ち着いたが、過去最大の上げ幅とはいえ「まだまだ抑え気味」の感は否めない。コロナ禍による足踏みがなければすでに1000円近くまで上昇していたはず、、、という内心のつぶやきが脳裏に巡るからだ。

現在の国内最低賃金は東京都の1041円を最高とし、最低額は沖縄県と高知県の820円である。
さらに踏み込んだハナシをすれば、東京都をはじめとする国内上位10都市ぐらいまでは、最低賃金に加増した金額での募集が一般的である。
しかしながら地方都市ならほぼ「最低賃金」での募集・雇用は決して少数派ではない。さらに聴けば、俗にいうスタート給に限ったことではなく、勤続年数が長くなっても昇給=最低賃金の上昇分、という実情は珍しい事例ではないと知れる。

たとえば東京都なら10月から1041+31=1072円となる最低賃金に基づく実態時給は、飲食店などのサービス業では1200円前後まで上昇するだろうし、物流業界でも庫内作業や現場事務の相場も31円以上に加増されるのが常だ。特に、手数と脚数の多いEC事業者の物流現場などでは飲食サービス業同等の条件提示が常態化している。場所や時間帯によっては時給1300円以上での人員争奪戦となっているようだし、今後も激化の一途と聞く。
かたや地方部などでは道府県設定の最低賃金と同じ、もしくは一円単位部のみ切り上げ(最低賃金856円なら求人募集の時給額は860円)という職場は多い。
ちなみに最低賃金ベースで比較しても東京と沖縄や高知では222円の差がある。
(今回の改定による加増額は、東京都31円、沖縄県・高知県は30円)
これは8時間/日×22日というフルタイムのパート労働者なら222円×8時間×22日=39072円の差となり、使用側である事業者の労務費負担差額も39072円×約20%≒7800円/月、となる。
(有給と賞与相当額は含めていない)

この人件費コストの増額を入荷・保管・出荷の各作業別の生産性演算式に挿入してやれば、作業コストの上昇額と更新された総物流コストが算出できる。
自社物流なら管理会計上の複数項目の基礎数値が変わり、日計から積算した月次生産性が変更となるので、半期・年次の、、、、、、、(中略)、、、、、、、。
営業倉庫なら不可抗力要因として作業単価の見直しと、、、、(中略)、、、の申し入れ準備に着手しなければならないし、さらには、、、、、、。
というようなことを年がら年じゅうやっているワタクシには、もはや食傷気味だ。
ご興味のある方はご試算なさるのも一興かと思う。

ハナシを戻すが、ここで視点を変えなければならないのは、上述の差額ははたして生活コストの差額相応であるのかという検証だ。さらに踏み込んで、生活の質や環境という点まで考察したうえでの総合評価を付すならどうか、という議論が求められるところではないか。
あり得ない想定だが、東京都内と高知県内の物流倉庫で同一荷の同一業務を同一労働時間に同一効率でこなす者がいたとして、その月額報酬に39072円の差があるとする。同時に別場所で存在するこの二人の非正規労働者の生活コストを差し引いた可処分所得と、労働と通勤の実拘束時間以外の可処分時間の比較を試算してみたら、どのような結果になるのだろうか。
なんとなく答えが思い浮かぶが、読者諸氏の見立てはいかがだろう。

先週掲載のよもやま話でも書いたが、地方部の暮らしの不便や不利な点、豊饒や悠長のもたらす恵み、を取りまとめて個々が好悪優劣を判ずればよいわけで、最低賃金の序列=都道府県の暮らしの優劣の目安もしくは指標、となるはずもない。
さらに物流職に限って言えば、失うものより得るモノの方がはるかに多い・・・
というのが毎度のハナシであるが、あくまで個人の価値観によるところ大なので、ワタクシ的おススメであるとご理解いただきたい。

何でもかんでも米国頼みで米国倣い、は程々にしておくべきなのでは、と声を大にして言い続けているが、手本であるUSAとわが国は先進国間の最低賃金額レースで常に最下位争いをする間柄でもある。念のため断わっておくが、私は最低賃金倍増推進派ではなく、かといって現状容認派でもない。あえて言えば「どちらでもよい」というのが本音だ。なぜなら最低賃金が上がっても、平均賃金は下がり続けると思っているからだ。言い換えれば平均的低賃金層のボリュームが増えるだけなので、現状の消費には大きな影響を及ぼすはずがないという理屈だ。

【補足】――米国の最低賃金は現行7.25ドル。ただしバイデン政権は大統領令により本年1月から2023年中までを期限として、連邦最低賃金15ドルへの特例なき引き上げを行っている。
加えて、米国は州法の権限が強いため、最低賃金が連邦規定以下だったり、最低賃金そのものがない州もあるというように、州間格差が非常に大きい。最大格差で10ドル弱(現レートなら1300円程度)あるのは驚き。お国のお達しに従い、2ドル足らずの幅に収まる日本と同列に並べるのは無理があることも事実。

ちなみに5月に下記のようなハナシを書いている。

安くない国の賃金のハナシ

書いておいて言うのもなんだが、話題としてはオモロイが、われに返って正気で考えればゾッとする内容のニュースだとしか思えない。先に書いた通り「わが国はアメリカ様についてゆくのだぁ」と施政者が本気でのたまうならば、心ある大人の思考回路で行動する事業者は、面従腹背よろしく「頷きながらゆっくり撤退」の伏線を張らなければならない。

減少しつつも、まだ当面は100,000,000人以上も人はいる。EU諸国と比べれば立派な人口大国であるのだ。「急がない物流」を皆で標榜すれば、老若男女を問わぬ多様な雇用と補完機能を担う部分的自動化の拡大によって、物流労働力の自給率はまだまだ引き上げられる。

今後のわが国では、物流業務も物流人材も地域あげての内製化が主流となる。
手前味噌の極致と自覚しているが、長年揺らぐことなく確信している。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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