物流よもやま話 Blog

安くない国の賃金のハナシ

カテゴリ: 実態

今まで何度か物流をキーワードに置いて、アマゾンとウォルマートに関するハナシをいろいろ書いてきた。今回は現場職の賃金という切り口で日米の対比を眺めてみたい。
あくまで部分的な要素に焦点を当てているに過ぎないので、一を聴いて全を悟るような飛躍は厳禁であることも念のため付け加えておく。

日本が「安い国」だの「労働貧民国」だのと皮肉られるようになって数年経つ。事実「豊かな国」とは言い難い事象があれやこれやと多いが、その原因の主たるものは消費の母たる賃金の低さである。物流は消費の子なので、当然ながら安い国では安い物流になるのが道理というものなのだ。
日本とは対照的に、今も世界経済の先頭に鎮座している「高い国」たる米国。そう評される根拠の一端を物流機能における賃金事情から考察しようと思う。

まずはForbes japanで目にしたこの記事をご一読あれ。
「トラック運転手の年収、新人でも最高1400万円に 米ウォルマート」
https://forbesjapan.com/articles/detail/46951/1/1/1
わが国では「今まで」「今は」は無論のこと、おそらくきっと「今からも」起こりえないのだろうな――と絶望的な感情と手詰まり感をもって唸るしかない内容だ。

さらにもうひとつ、、、これはBUSINESS INSIDER JAPANから
「米アマゾンの従業員、時給19ドルでもニューヨークではホームレス」
https://www.businessinsider.jp/post-237106
着目していただきたいのは、大都市部の家賃高騰による住宅難ではなく、米アマゾンが最低賃金15ドルを自ら実践し、全国レベルで最低賃金を上げるよう求めているという点だ。

もちろんわが国と並列させて優劣を問うのは乱暴すぎると承知している。
ちなみに米国政府が定めている国としての最低賃金は時給7.25ドルであるが、州によって大きなばらつきがあるのはわが国の都道府県別最低賃金の格差と同じだ。
さらには物流機能とは「人と床と運搬具でできている」ことも国を問わず同じである。

あちらこちらで悲観まじりの皮肉気味に揶揄されている「安い日本」からすれば、対岸の火事としか思えない、、、というのはちょいと危機感にかけるかもしれない。
上記の2つの記事は、わが国の物流業界が避けて通れないであろう来るべき難関と苦渋の選択を示唆している。

わが国運送業界の2024年問題を持ち出すまでもなく、運輸と倉庫については現場従事者の不足、若年労働力の確保不調による高齢化進展が重い課題として存えている。
職業ドライバーの人材確保が常時厳しい状況であるのは日米共通であり、それは中国やインドなどの人口爆発国もまもなく同じ道を往くはずだ。
しかしながら比較的高賃金体系を維持している米国内でさえ、ウォルマートの配送労働力死守のための方策に追随できる事業者は稀有に違いない。
何よりも先駆者たるウォルマート自体がドライバー優遇とそれに準じる形での他部門従業員報酬の高水準を安定維持できるかは大いなる疑問だ。

私のような門外漢が記すまでもなく、意欲的な出店を続け、それを支える人件費を削らぬ小売業は、仕入値を抑え売値を維持または上げるしか利益確保の術がないはずだ。
米国では先日インフレ抑止のオペレーションが発動されたばかりだが、金利上昇による引き締め効果があたかも解熱作用のように消費鈍化をもたらすのであれば、事業緊縮場面で人件費だけを聖域化しておくことは難しくなる。逆風・下降時には平均賃金の下方修正にとどまらず、総雇用量の削減、、、つまり総人件費削減に躊躇厳禁、は米国式マネジメントの鉄板策だと理解してきたが、それに変更があったとは承知していない。

現場職優遇という最先端のトレンド状況を謳う内容については、総論同意ながらも各論異議ありとしつつ、一進一退の揺り戻しはあるはずだ。
とはいえ日本にも似たような波が寄せてくるだろうし、荷主も物流事業者もある程度の覚悟はできているのではないかと思う。特に大消費地に近い物流拠点所在エリアの人件費高騰は米国に限ったことではない。倉庫内作業であろうがドライバーであろうが、地方部の者が聴けば耳を疑うような高水準賃金が横ばいから緩やかな右肩上がりの基調を保ったままなのだ。
ある事業者が思い切った厚遇募集を広告すれば、他者も追随もしくは更なる好条件を、、、という過当競争へと発展してしまう。
その先には勝者なしの荒涼とした不毛の地が待ち受けている。戦後数十年の歴史を読み返せば数多い事例があるし、後進の誰もが振り返りの際には愚行と判じるにもかかわらず、何度となく繰り返される節理は誰にも説明できない。

今を生きる事業者各位の本音ともいえる「覚悟はできているが具体的な方策が、、、」の先にあるのは「それにつけても自動化急げ」という下の句の復唱なのだろう。
自動運転、自動搬送、自動認識、自動感知、自動〇〇・・・・・一体いくつあるのかとうんざりするが、猫も杓子も唱える呪文の中身は玉石混合甚だしい。

自動化すれば枯渇する人的労働力と高騰する人件費の代替および抑制効果が見込める。
すなわち試算上は現在と同等か低減できる。
できないと利益が削られてしまう。
利益が削られると人件費を下げざるを得なくなる。
そうすると人材確保が難しくなるので、ロボットなどの自動設備が担う業務比率を上げておかねばならない。できればAI搭載の自律型の守備範囲を拡げたい。
究極の代替機能は経営判断の要所を丸ごと、、、経営層を全部AIにしてしまえば、統計的確率と偏向と曲解ない情報入手と分析による意思決定が可能になる。
は、ちょっと飛躍しすぎか。
でもないようなのだが、その手の未来予想ハナシはちゃんとした専門家の書いたものを読んでいただきたい。

とある場所にアマゾンの物流倉庫ができたとする。
庫内作業者の募集時給は1500円~1800円。交通費全額支給や社会保険は当然ながら、業務時間内の食費補助や専用託児所まで完備――は今や当たり前の現実となりつつあるか、時間帯によってはすでにそうなっている拠点もある。
こんな高額人員を100人単位で抱える軍艦のような巨大施設が出現したら、近隣もしくは沿線の物流倉庫はどのように人員維持と採用活動を行えばよいのだろうか。

さらには遠くない将来、アマゾンは配送の過半を内製化するはずだ。最終配達だけでなく、世界中の空路と海路、空海港から物流拠点までの路線に至るまで、「amazon」のラッピングで統一装飾されたビークルが標準となる。庸車も相当数を占めるに違いないが、自前便による直雇いのドライバーの採用を旺盛化するに違いない。その際の募集条件の予測など、再度ウォルマートの事例を持ち出すまでもないだろう。

安い国で高い国の強者が剛腕を振り回し、強靭な下半身で疾走し、跳躍する。
その光景はいかなる様相であるのか。
いかに戦うかではなくいかに迎え入れるか。
パワーゲームに持ち込むのは悪手の最たるもの。
これについては読者諸氏にご賛同いただけると察する。

泣いても笑っても、逃げ出さずに応じなけれなければならぬ。
独善の極みながらも、対処の策をあれこれ仮想している日々だ。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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