
ものすごい応援と熱狂のブラジル戦から十日。
勝負のあれこれを語るほどのファンではないが、
「メディア誘導型とはいえサッカーの勝敗でこれほどの国民的盛り上がりが…」
とつくづく感じた。
つまりわが国はものすごく平和なのだということだろう。
ホルムズ海峡の封鎖問題やベネズエラの震災を思えば明らかだが、戦争や天災に見舞われた国や地域では物流の品質・技術の云々や効率化を論じる余地などない。
天災人災の別なく、原状が壊されて秩序や順序が無くなってしまえば、原油だろうが洋服だろうが今日の食材だろうが、否応が無しに運べなくなる――という大昔からのアタリマエを再確認しているこの数カ月ではないだろうか。
経済の血液であると同時に平和の指標として物流を捉えてもよいのではないか、と思いめぐることが多い最近である。
平和が損なわれれば、経済活動の血液たる物流に滞りが生じる。血行不良は直ちに国家という名の肉体に病をもたらし、手当が遅れれば滅びに近づいてゆく、、、
という本でも書いてみたくなるが筆力がマッタク足らぬ。
「どなたかオモロイ小説にでもしてくれんもんか」
などと、まだ夜明け直後なのに間もなくの炎天下を思わせる窓外を眺めつつ独り言を。
「この国に生まれたというだけで幸せなのだ」
というフレーズがあちこちで行き交うようになった。
かといって天災や疫災に見舞われた過去の記憶が褪せることはないのは当然だとしても、人知が及ばぬところで生み出される災いの元には憂いたり畏れたりすることがせいぜい。
しかしながら愚かな人災の極みたる戦争は皆無のままに80年間を生きながらえてきたわが国。
つまり平和な状態が圧倒的長期間を占めているのは揺ぎ無い事実なのだ。
平和や幸福とは時として相対的だったり主観的だったり偏向していたりもするが、生活の貧富や物資の多寡以前に戦争や疫禍がない状態こそ国民共通の基本幸福だと思う。
人間が五体満足で病に見舞われぬ状態を普通・平常と感じ、ひとたび普通でなくなると健常のありがたみが身に沁みてわかる、、、のは国家とて同じではないだろうか。
国営放送のトップニュースが立法でも行政でも司法でもなく、
「サムライジャパンがブラジルに挑んで、惜しくも…」
という国は平和で幸福度が高いと評してよい。
少なからぬ企業がキックオフを考慮して始業時間を調整したり、事務所でパブリックビューイングさながらに従業員がテレビを囲んだり、親も子供も遅刻したり午前半休したり。
そんな世間の盛り上がりの最中、船も貨物列車もトラックもいつものようにモノを運び、個配ドライバーたちは置き配や対面手渡しのために各戸の玄関口へと荷を抱えて訪問する。
それは人々の営みが損なわれることなく、確かな暮らしが守られているからだ。
それを支える物流は平和の証であり象徴でもある。
我われ物流人の誇りであり寄る辺でもある。
なんていう柄にもないひとり想いは雨音を聴きながら、、、
と思っていたら一昨日に梅雨が明けてしまった。
灼熱の日中と高温多湿の夜を耐え忍ぶ百日修行のような試練の始まり。
物流人には長く辛い季節が巡ってきた。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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