
先々週来やっぱり今回もけったいなハナシになってしまった。
既出二稿と異なるのは「けったいな人」についてであります。
この種のハナシは、
「抑え気味、ほどほどにしておかねばならない」
と自戒しつつ書き始めている。
なぜなら「山ほどあるので挙げればキリがない」からだ。
それと、
「他人様を云々いう前にアンタこそがけったいな人の筆頭ではないのか」
というご指摘に対して反論の余地がマッタクない。
という客観的事実として周知されていることも自制を後押ししている。
平成のとある年にとある企業の物流コンペに参加した。
(当時ワタクシはとある営業倉庫の営業責任者)
荷主担当者殿のガイダンスでは三社相見積もりとのことだった。
「絶対獲りたい」
と珍しく気合満々で見積ヒアリング&見学に臨んでいたと記憶している。
と書くと「普段はあんまりやる気ないのか?」というツッコミが入りそうなのだが、そう見えることは多々あれど内心はそーゆーわけではない。(たまーにあったかもしれない)
荷主からのヒアリング内容を整理し、過不足ない作業手順と補助システムを設計したうえで、“ひねりなしの手なり”で見積作成して説明・提出したら後追いは一切しない。
ということを相手の別なく毎度行うのが自流である。
前のめりの熱意や気迫、つかず離れずの丁寧で如才ないフォロー、、、とは無縁だったような気がする――というのが成約した荷主ご担当者各位の後日談なのだ。
あれやこれやと検討を重ね、やっと見積書完成⇒提出。
となって、あとは結果を待つのみ。
の心づもりで見積提出したのだが、その場で荷主の物流マネージャー(以降、荷マネ)が、
「中身は精査の上、部門責任者と関係部署に回して検討いたします、、、、ところで…」
とお決まりの締め言葉のあとに、続きが始まったのだった。
以下会話を記す。多少のデフォルメや加減が施してある旨はご了承のほど。
荷マネ「あのぉ~、、、すでに他社からもお見積ご提出いただいているのですが、書式や作業区分に違いがあって、総額でしか比較検討できない状況なのです、今の段階では」
ナガタ「はぁ。各社それぞれに表現が違うのはうちの業界の悪いところなのです。荷主各社は見積解読に四苦八苦することも珍しくありません。ご厄介お察し申し上げます」
荷マネ「で、ご相談なのですが、、、他社の見積書を解説していただけないでしょうか」
ナガタ「はっ?カイセツ?、、、他社の最終見積書をですか?」
荷マネ「そーゆーことです」
ナガタ「いやいやいや、、、それはその、なんというか、、、あの」
荷マネ「おかしなお願いをしていることは重々承知していますよ(笑)」
ナガタ「ですけど、、、」
ちなみに相見積の競合二社は誰もが知る名門物流会社であるし、依頼荷主の販路や納品先には押しも押されもせぬ実績と知名度を持ち合わせている、、、というのが世評だった。
ナガタ「○○社や□□社の見積書を格下弱小甚だしい弊社のへっぽこ営業責任者が解説するなんて、、、それ以前に他社の見積書を盗み見すること自体がちょっと、、、」
荷マネ「両社には第三者に相談するよ、と断わってます」
ナガタ「イヤイヤ、手前どもは第三者ではなく当事者じゃないですか」
荷マネ「まぁそうかもしれませんが、そこはあんまりカタイこと言わないで」
ナガタ「だいたい最終見積を提出した直後に競合相手の手の内を知るのは、、、」
荷マネ「提出後だからこそさほど問題ないと思うんですが、、、総額や単価は伏せるので」
ナガタ「とはいえ信義則というのもありますし、、、いきなり絶望、なんてことになったら」
荷マネ「そんなに深刻な顔しないでくださいよ。一応二社の担当者には断ってあります」
ナガタ「えっ?両社とも承諾されたんですか?」
荷マネ「どうぞどうぞ、ご納得いくまでご検討ください、とのことでした」
ナガタ「じゃあ三社それぞれが競合相手の見積書を?」
荷マネ「いいえ、他二社ともに御社には金額以外は見せてよいがもう一社には開示不可と」
ナガタ「ウルトラ競合ですからね、○○社と□□社」
ナガタ「ん?ということは、弊社はゴマメ扱いということなのかぁ?(ブツブツひとり言)」
荷マネ「さぁ、そこはどーでしょうか(笑)」
ナガタ「どーでしょうかって、もうすでにワロてはりますやんか」
荷マネ「あははは、、、いやはやなんとも、、、ねぇ」
ナガタ「……」
荷マネ「じゃぁさっそくですが、、、、、」
という成り行きで事が進んだのだった。
読者諸氏すでにお察しのとおり、上記会話の段階でコンペの結果は不肖ワタクシの所属先に内定していたのだった。もちろんそんなことは知る由もない提出当日だったのだが。
しかしながら、
「ひょっとしたらこれは、、、いけるのでは?」
という予感がかすめ始めたのは、見積書の解説を初めてしばらくたった時からだった。
それまでの数回にわたる事前ヒアリングでは、ほぼほぼ「厳しそうだな。出来レースの当て馬扱いかな」という勘繰りに苛まれていた。
有名どころのコンペにありがちな「本命=最初から内定」の比較対象として規模や実績の異なる数社からアイミツをとる、はそこらじゅうに転がっているハナシだ。
なので「あぁまた骨折り損なのか」と後ろ向きになりそうだったが、珍しく「これは何としても獲りたい」という意欲が引っ込まず、鉛筆なめなめして見積を練ったのだった。
今となっては笑いバナシだが、当事者たるワタクシは気が気でなかった。
「決まっているのでは?いやいや楽観過ぎる。もしダメだったら地球の裏側あたりまで凹むではないか、、、でもなぁ~、、他社の見積を解説させたあげくに断わるかなぁ」
のような日替わりの悲観楽観に翻弄される日々は正式決定の通知を受け取るまで続いた。
ちなみに上記の荷マネ氏とは長いお付き合いになっている。
荷マネ時代から実績を重ねて今や物流統括役員、、、能力からすれば至極当然、と思う。
が、あいかわらずちょっと、、、ちょっとなのか?、、、変わっている。
センサイとゾンザイのバランスがなんとも、、、ケッタイとしか言いようがない。
もちろんヒトサマのことは言えないのですけれど。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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