
いわゆる「常用漢字」という規制のせいで、本来は同音異義たる言葉の数々が、、、
というハナシをしたいのではない。
下記の常用外漢字となった「訊」について、前々から気になっていたことでちょいと一席。
訊く(常用外):言葉で質問する、尋ねる
と、国語辞典に記されている。
本稿で書きたいのは「訊くのが苦手な人が一定数いる」ということだ。
生業たる物流業務に限らず、社会生活全般においてよくあるハナシなのかもしれないが、
「ある程度考えてみて、それでもわからんかったら訊けよ」
「思い悩んで悶々とするのではなく、上司に訊けばよいではないか」
「訊くことは恥でも愚でもない」
「できないまま放置するのではなく、行き詰ったら誰かに訊くべし」
「訊かない=不遜である」
「訊けない=責任感の欠如」
などと、読者が係わる物流業務でも「訊く」にまつわるエピソードは数多いと思う。
関連して「聴く」「聞く」「利く」「効く」を加え並べた五つの「きく」のハナシはワタクシの持ちネタなので、「あぁ、あのハナシのチョイ出しね」と思われる方もいるはずだ。
関与先でも年代や役職の偏りなく「訊けない人」「訊かない人」の存在は一定数いるし、そういう人物の特徴もなんとなく脳裏に浮かぶ。
概して訊けない人・訊かない人は「堅物・生真面目・おひとよし」が多い――というのは個人的な感想でしかないが、往々にしてその見立ては当たっているようだ。
無論あくまで私は第三者である、という前提での記述である。
訊けない・訊かない本人に対する運命共同体としての因果や連座的リスクから切り離されている存在だからこそ、「ボディブローのごとく組織全体にダメージを与えかねないマイナス面には目をつむり、良いところばかりを優先的に挙げているだけだ」という指摘には「そうかもしれません」と素直に認めなければならないと自覚している。
このような話題の毎度に思うのは、ほんの少し本人が意識を変えて会話や問答の機会を増やし、周囲がガチガチに固めてしまっている先入観を排除して観察してみれば、
「他者に依存せず、粘り強く黙々と自己の責任を果たそうとする人」
という評価にも変転しそうだが、それは時と場合によりけりであるらしい。
さらには上司と部下と同期の各位による、
「今まで積もった不信や不評は一朝一夕では解消しない。相当な時間をかけたとしても関与者全員が評価を改めることは現実味にかける」
という内心のホンネが根強くあることも付け加えておく。
かように人の評価には多面性がついてまとう。
したがって評価者が変われば評価が上下変転するのはよくあることだし、ほとんど変わらぬこともまたしかりである。多様性尊重は最優先である――かといって、業務進捗や全体最適に支障の出るような「おひとよしの質問下手」は個性として認められるものではない。
その本人が役職者であり部下を抱える立場にある場合には、肩書が求める要件の不達や不備への批判や叱責の的となりかねず、上長としても看過し続けることが難しくなるはずだ。
往々にして第三者的視点から観察できるのは、
「本人はなんとかしようと頑張っている」
つもりなのだが周囲からは、
「努力の中身が自分本位で報連相の基本行動を無視している」
ようにしかみえないというズレにしかならぬ。
ラグビーならノット・リリース・ザ・ボールはファール――そのままプレイが続行できないのなら、速やかにボールを放さねばならない。さもないとゲーム自体が停滞してしまう。
ボールも仕事もやみくもに抱え込んではならぬということである。
と、ここまで書いて思うのだが、
「こんなハナシは読む人すべての日常で起こっていることであり、仕事をすれば似たりよったりの事象は頻発するに違いない。他者の抱え込みには敏感に反応するくせに、いざ自分自身が張本人となっている場合には、全然気づかぬ、、、」
というモヤモヤした不安が払拭できなくなってしまった。
人のふり見て我がふり直せ、、、そんなにうまいこといくかいな。
自分のことは意外とわからんものなのだ。
訊けない人がいるなら、周囲が意識的に声掛けしてボトルネックや滞りの元となっている箇所を見つけることぐらいしか対処法はない。
見つけたら関与者全員で共有して方策を、、、
と書くのは容易いが、当の本人はなかなか、いやマッタク自流を改めようとしないのが常だ。「いったい自分のやり方の何がイケナイのか」と怪訝なまま強く不本意なのだ。
かといってすぐに選手交代を考えるのはあまりおススメしない。
なぜなら根深い問題の解決機会を逃すことになりかねぬからだ。
つまり抱え込みしている本人の能力や資質以前に、業務やルールの本質的な欠陥や瑕疵が掘り起こされるきっかけになるかもしれないので、能力論に寄せすぎるのはよろしくない。
などと思いめぐらせているうちに、
「仕事のノット・リリース・ザ・ボールなぁ」
と思わずひとり言が。
おそらくきっとノット・リリース以前にノット・キャッチなのがワタクシである。
あんまり球を受けようとせぬし、受けてもスーパー・ハリーでパスするのが常だ。
なんならノット・タッチ&ノット・ラン&ノット・コンタクト、だったりもする。
そういう奴は試合に出てはならんし、もはやファールではなくペナルティである。
「Sin-bin・シンビン」では足らぬぐらいなので、10分間ではなくずーっと外に、、、
ずーっと外、、、それこそが本望なので、喜び勇んで退場してしまう映像が脳裏に。
やっぱり今日も「だめだこりゃ」とチョーさんの声で終わりとなるのであった。
永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。
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