物流よもやま話 Blog

ふたつの「イギ」と臥薪嘗胆

カテゴリ: 信条

新型コロナウイルスにまつわる、ふたつの「イギ」についてのハナシが多い。
計画や実行の明細についての意義や、止める・止めない、改める・維持する、などの異議を論じる際に、ハナシの基点と起点というふたつの「キテン」の存在によって主眼要点が異なることはあたりまえだ。しかしながら、ディベート下手な政治家や評論家が多いせいか、テーブルの上が散らかるばかりで、なかなかまとまらない。

東京五輪開催の是非、市中の経済活動の具体、業界の各種催し物についても然りだ。
各界・各分野関係者の逡巡や苦悩は、ひとえに「誰のために」「何のために」という根本趣旨の在りかたと世相との整合性の測定にあるのだろう。一市民たる私にしてみれば、ただただ事の成り行きを見守る以外にないのだが、それでも他人事と突き放したりはできない。
読者諸氏と同じく「やってほしい」と「到底無理ではないか」の感情と理屈のせめぎあいが、胸中でないまぜになって巡っては遠のくことが常だ。
特に「誰のため」は立場や役割や責任の所在によって異なることが多く、そこに経済や医療や生活や教育といった言葉が絡まって、議論のねじれや平行線化のまま正解を決められない事例は書き切れないほどある。

各人が真剣で懸命であることだけは確かだからこそ、対処方法や判断基準の正誤にマルバツがつけられないのだと思う。
流行りのAIならどのような解を導くのかと考えたりもする。
ただ、立場や権益にとって都合の悪い結果を排除しなければならない勢力は、公式に試算させたり分析した結果を公にしないだろう。
依然として、機械やプログラムは人間に隷属する道具に過ぎず、その時々の都合で使い分けるべき。のような根底の蔑視がある限りは、せっかくの利器も無用でしかない。

諸事やしがらみをわきに除ければ、五輪開催を切望している。
しかし落ち着いて考えれば、無理せず見送ったほうが良いと確信してもいる。
心情的にはやってほしいが、理性的には到底無理だと判断している自分自身がいるわけだが、そうなってからずいぶんと時間が経った。
最近のワクチン配布開始の報を詳らかに知れば知るほど、「一事が万事似たような顛末になるのだろうな」という予感は確かなものに変わりつつある。

一昨年末から昨年初にかけて、中国で新型コロナウイルスが発見され世界中に拡がり始めたころだったが、とあるテレビ番組でのコメントが今でも記憶の中に鮮明なままだ。
それは京都大学iPS細胞研究所の所長である山中伸弥先生の言葉だ。
「専門外なので、あくまで医学や基礎研究に携わる一員としての所見ではあるが、対象を問わずワクチン開発には一定の時間が必要であり、どれほど急ごうとも最短で2021年の秋頃からの実施がワクチン接種の最短距離ではないか。その最短距離にしても、あらゆる最大値の組合せを想定したうえでの希望的観測という側面は強い」というような主旨だった。
正面切っての否定、反論と同意や同調はその場でも、翌日以降のマスコミ媒体上でもなかったと記憶している。かといって、開発のロードマップや接種開始時期と安全性の担保に関する科学的な議論が公開された場で展開することもなかったはずだ。
昨春以降、情報経路が不鮮明なまま朗報として、接種開始時期前倒し情報が錯そうしたことは読者諸氏の記憶にも新しいはずだ。
結局は製造能力の上限が明らかになるとともに、接種率の進捗はどんどん後ろ倒しになっていったことも同様だろう。

で、今に至っては山中先生が昨年コメントされた「どれほど急いでも1年半。通常なら2年以上どころか、現場接種までの検証必要時間は5年でもおかしくない」という中身どおりの進捗となっている。冷静に考えれば当然のことで、開発から動物実験等の試験期間を十分に確保するのなら、副作用等の監視時間が5年超などあたりまえのことだ。事実現在世界中で流通している各種ワクチンや薬剤は、すべて常道の手続きの上で人体に服用されているのだ。

対処とは別に、大局を判じるための科学的意見には耳を傾けて真摯に向き合うべきだった。
当初に政府が「2022年の夏季までの鎮静化を目指す」と意思決定できていれば、今の混乱は違う形の「抑制と我慢」になったかもしれぬ。その結果として、出口不明の不安や閉塞感がもたらす絶望や諦めは大幅に減らせたのではないかと思うのだが、今それを書いても後付けの浅く卑しいだけの評論でしかない。
そして、あらためて物流業界のかかわりについても思う次第だ。

昨年来、多方面で「新型コロナワクチンの接種にあたり、その物流についての基本業務フローが絶対に必要」と言い続けてきた。
正式採用予定の製薬各社から供給される予定の物量を、当初政府が講じていた接種スケジュールで捌き切るためには、既存の物流網の加工や一時的な付け替えでは到底無理があるという私見に基づいての主張だった。温度帯の異なる数種のワクチン物流には、万全な事前計画と予行演習が必須であり、その設計図たる空港から接種現場までの物流業務フローの基本形を策定し発表すべきだと吠えるように強弁してきた。

しかし、現実には混乱など縁遠い実情が目の前で起こっている。
混乱するほどの物量は届かないからだ。
まるで聖火リレーのごとく、衆人が見守る中を、小口配送便に載せられた冷凍保存ケース(医療従事者と高齢者向けのワクチン在中)がセレモニー的に着荷、冷凍保存庫への収納されてゆくさまがニュースで放映される。
混乱するほどのワクチン供給量はない。
国民の70%相当に接種が可能となるのは早くて今秋。
それも現段での予定であり、希望的観測であるともいえる。

接種を早めることが最重要。
そのための物流網整備は不可欠。そして時間と人手の確保は必達要件。
しかし今の段階では、当初の危惧は杞憂に終わりそうな気配だ。
徐々に流通量が増える点については、改善や再考の時間的猶予が確保できて安全度が増す。

五輪や経済活動は、人命や健康な肉体維持よりも上位には置けない。
そう言い切れぬ施政者の苦悩は、誰もがわかっている。
しかしながら今この時にあっては、臥薪嘗胆を強いることが政治の責任である。
たとえ不遇や不満が伴う強制であっても是々非々を判じたうえで信じ従うことこそが、理性と勤勉の旗手たるわが国国民の誇りではないかと個人的には信念を持っている。
自尊心と言いかえてもいい。

著者プロフィール

永田利紀(ながたとしき)
大阪 泉州育ち。
1988年慶應義塾大学卒業
企業の物流業務改善、物流業務研修、セミナー講師などの実績多数。

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